薄桜鬼

□夏祭り
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夏場の昼下がり
俺はこのうだるような暑さの中、いつものように書類整理をしていた
そんな時、軽快な足音が俺の部屋へと近づき、ピタッと止まる
紛れもないこれは、この新選組で居候をしている厄介者だった雪村千鶴


「土方さん、雪村です」
「はいれ」

許可など出さなくても良いのに千鶴はいつも断りを入れて来る
コイツの性分なんだろうが、毎回断りもなしに入ってくる奴がいるからなんとなくむず痒い
千鶴は失礼しますといって、静かに俺の部屋に入ってくる
そのまま仕事の邪魔にならないような場所に茶を置いて、下がろうとしている…のを、腕をひっぱり俺の腕の中へと納める

「ひっ、土方さんっ…!?////」
「ふっ…いい加減なれろよ…」

軽く額に口付けを落とすと、すぐに真っ赤になる
今まで恋なんてして来なかったせいでもあるが、そろそろこのくらい慣れて欲しいとも思う
が、そんな初々しい反応を見ているのも案外悪くない

「なっ、慣れませんっ…!!好きな人がこんなに近くに居たらっ…!!//////」
「っ…!!」

と、同時に天然は恐ろしいと思う
こうやって俺が欲しい言葉をさらりと言う時があるからだ
正直心臓に悪い
少し火照っているであろう顔を見られない様に、ぎゅうっと抱き込む
そうしてしばらくして、おずおずと背中に腕が回される
そう言う仕草に不覚にも胸が高鳴る

(思春期のガキじゃあるまいし…)

そして、本来こいつを呼び出した理由をふと思い出して、体を離す
目の端に見えた少しさびしそうにしていた表情にまた抱きしめたい衝動を抑えて、部屋の奥に隠していたものを取り出す
薄紫色をした浴衣で、その刺繍は細かく彩られている
涼しげな雰囲気ではあるが、何処か大人びた感じがあるもの
それを千鶴に差し出す

「お前にやるよ」
「え……」

一瞬思考が停止して、ぴしっと固まった後
状況を理解したのか慌て始めた
どうせ、似合わないとかいうんだろう

「こっ、こんな素敵なもの…とてももらえません…!!」
「いーんだよ。俺が勝手に選んだんだ。素直に受け取れ」
「でっ、ですが…!!」
「んで、それ着て今度の祭りに行くぞ」
「え………」
「嫌か?」

そう聞くと、千鶴は首を横にぶんぶんと振った
そして浴衣を大事に抱え込んで、花が咲くような笑顔でお礼を言った

「ありがとう…ございます…!!////」

はにかむように言ったこいつはとてもかわいらしくて、次の言葉を待たず、唇を塞いだ
アイツらが夕餉だと呼びに来た時、慌てて離れたのは余談だ






そして祭り当日
俺らは仕事で出かけると言い訳をして外に繰り出した
途中で、知り合いの家を借りて、千鶴は浴衣に着替える事になった
その間俺は近くの店を見て回った
ふと、視界の隅に入ったものを手に取る
暫し眺めた後、それを持って店の中へと入った



これ程嬉しい事はあるだろうか
まさか土方さんの方から、お祭りに誘ってくれるなんて思ってもみなかった
それと、浴衣も
少しばかり私には大人っぽい浴衣だけれど、土方さんが選んでくれたものだから、この浴衣に負けないようにちゃんと綺麗にしなきゃいけない

「頑張らないと…!!」

私はいつも着ている着物を脱いで、女物の浴衣に袖を通す
女物の服に着替えるのは島原導入の時以来で、心が弾む
やっぱり私は女なんだと再確認できる
きっちりと飾り結びをして、次に取り掛かるのは髪型
江戸にいる時は髪を上げていたけど、今日は少し背伸びをしたい
髪紐を解いて髪を梳かしてから、前に近藤さんから貰っていたりぼんという西洋の髪紐を取り出して、横で緩く結ぶ
今回は隊士の皆さんもお祭りに全員行くと言っていたから私とばれない様にしなくてはいけない

「これで…いいかな…?」

鏡で再確認する
どこかおかしい所が無いか確認してから、外に出してあった下駄を履いて外に出る
彼を探して回りを見ると、彼はすぐに見つかった
そこまで駆け寄ると、土方さんは私の方へと視線を向けて……そのまま固まってしまった

「あの…どこかおかしいですか…?」

不安になって問いかけると、土方さんは我に返って「いや…」と言葉を濁した
いつもならこんなに歯切れが悪い事はなくて首を傾げていると、土方さんは私の耳元まで近寄って囁いた

「あんまりにも綺麗だから…思わず見とれちまったんだよ…」
「っ…!!/////」

顔を上げると、少し照れて笑った土方さんの顔があった
珍しい表情を見た私の胸はきゅんっと高鳴った
そして彼は似合うなと私の髪に触れながら言った
不思議に思ってそこまで手を持って行くと何かに触れた
手鏡で確認するとそれは、満開の桜のような形をした髪飾りだった
今している髪型に良く合っていた

「ありがとうございますっ…一生大切にします…!!」
「大げさだ…じゃあ、行くか」

そう言って手を差し伸べてくれる
恥ずかしかったけど、思い切って彼の手に私の手を乗せた
そうすると、ぎゅっと握ってくれたのだった



「さて…お前、何が食いたい?それか…なにかやるか?」
「えっと…その…私はこうやって着飾って女の姿で土方さんの隣で歩けるだけで…」
「幸せってか?たっく…ほんと欲がねえな…」

土方さんは欲が無いという。確かに物欲は無いと思うけど…それ以上に欲しいと思うものがある…
それは彼との時間。彼と過ごせる時間
もちろん叶わないとわかってるから、この思いは胸の内に仕舞う
何としてでも私を甘やかしたいらしい彼は仕事をしている時と同じく眉間に皺を寄せていた
そんな彼をくすっと笑って、私はりんご飴が食べたいと言った
そういうと彼は笑って手を引いてくれた



その後、私達は何をするという訳でもなく、ただのんびりと回ってみていた
そんな時、ふと目に付くものがあった
そんな私に気付いたのは土方さんは見て行くかと聞いてくれたので、おずおずと頷いた
今日くらいは、少しわがままになっても良いかなって思ったから

私が気になったのは湯呑だった
普通の湯呑ではあるけれど、小さく桜が書かれてる
そういえば最近、土方さん用に使っていた湯呑にひびが入っていたのを思い出す
お茶が漏れてくるほどのひびではないけど、そろそろ変えなくてはいけなかったのだ
これを買おうと手を取って値段を確認する
私が持っている所持金内だったので、ほっとして持っていこうとする
が…

「てめぇなぁ…自分で買うくらいなら俺に言えっての…」
「あっ…!!」

ひょいっと湯呑を持って行かれてしまった
取り返そうにももう土方さんは代金を払っていた

「ほらよ……ってなんでそんな不機嫌なんだよ…」
「…私が自分で買いたかったんです…」

私が買って、私がお茶を入れて土方さんの元に出したかったというのに
ムスッとしていると、ぽんっと頭を撫でられた
少し困ったような顔をしていて、許してしまおうと思ってしまった私はきっと相当彼に甘えていると思う

「そんなむすっとすんなよ…それより、そろそろ打ち上げ花火があがるはずだ。見晴らしのいい場所に行くぞ」
「………はいっ」

土方さんは手を出してくれたけど私はその腕に自分の腕を巻きつける
今日だけ…今日だけ、少しだけ大胆で許されると思う

「いつもこんなんだったらいいんだけどな…」
「え…?」
「なんでもねぇよ。気にすんな」

土方さんの耳が赤かったのに私は気づかずにいたのだった



その後俺らは人気のない丘に来ていた
花火が打ち上げられ始めた途端千鶴の目はキラキラと輝いて花火にくぎ付けになっていた
そんな千鶴を横目で見ながら、俺も空を見上げるが隣にいるこいつが気になって落ち着いて見れやしない
さきほどから組まれたままの腕
いつも恥ずかしがりやなコイツじゃ想像できない行動だった

(おかげでこっちは祭りの時から落ち着けやしねえ)

浴衣を着て出てきた千鶴はいつもと違って髪を降ろしていたから、余計大人びて見えていた
いつもいつも幼いと思っていた彼女はいつの間にかこんなにも成長していたのだと、俺を戸惑わせた
そして花火が終わるころ、またこの辺りは暗闇に染まる
千鶴は帰りましょうかと言って笑う

でも、最後に1つだけ

この先いつ女に戻れるかわからないコイツに口付けをする

「っ……!!?////」
「…また、来よう…」
「……はいっ」

そうして俺らは屯所へと帰るのだった









翌日、朝餉の時間

「そういえば…土方さんって昨日千鶴ちゃんと仕事で外に行ってたんですよね?」
「あぁ?それがどうしたってんだよ」
「えぇー…だぁって、土方さん、綺麗な人と一緒にお祭りに行ってたから千鶴ちゃんはどうしたのかなぁって」
「えぇぇっ!!?土方さんそれ本当!!?」
「んなわけあるか!!!確かに祭りには少しばかり寄ったが女なんぞとは一緒にいってねえよ」

よりによって総司に見られてたのか…ちっ、めんどうだな…

「皆さん、お茶をお持ちしました」
「お、悪いな千鶴。俺も運ぶぜ」
「ありがとうございます、原田さん」

そこに丁度千鶴が来たため祭りの話は無くなったのだが…

「あれ、千鶴ちゃん、その土方さんの湯呑どうしたの」
「へ?」
「僕らのとは違うけど…」
「ぁ…これは…」

俺が今手渡された湯呑は昨日俺が買った湯呑だ
…俺用に買おうとしたのか…こいつ
その途端総司はニヤニヤしながら俺らを見てきた

「ふぅーん?へぇー?」
「んだよ気持ちワリィな…」
「いやぁ…土方さんも人が悪いなぁって」
「はぁ?」
「桜の髪飾りに薄紫の浴衣の人、綺麗でしたね。土方さん♪」

総司はそう言って、広間を去った

「……あんの野郎…!!!!」

今すぐにでも追いかけて行きたい衝動を抑えて、入れて貰った茶を飲み干してから広間を去った


のちに、その女が千鶴とばれて、桜の髪飾りが千鶴の部屋にあるのが発見されるのは遅くない未来だ







END

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