第2の館

□もしも曹操が最初から猫族だったら
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私は猫族と人間の間の子
それはけっして許されることのない異端の子
そしてその血が交わり、子が生まれるという確率は奇跡にも似た確率だ
それが私だった
だが、私は一度も愛されることは無かった
何故なら、母は無理やり父に孕ませられたのだから
私は絶望と言うものを幼い頃から経験した
しかし――――…

「あ、いたいた。曹操ー!!」
「?」

いつの間にやら、草原で昼寝をしていたらしい
むくりと起き上がり、私の意識を浮上させた声の持ち主を探す
遠くから小走りで向かってくる少女…関羽の姿があった
彼女もまた、私と同じく混血児なのだ
何もかもが黒く見えた世界を明るく染め上げたのは、彼女だった

「急に居なくなるから探したのよ?」
「あぁ…少し昼寝をしていたらしい…少し村が騒がしい様だが…」
「あ、そうなの。劉備がまたどこかに行ってしまって…」

しゅんと見るからに落ち込んだ表情と、それに比例する耳
本当にこいつは分かりやすいなと心の中で笑う

「またか…あやつは一応この村の長だと言う自覚があるのか…」

はぁ、とため息を吐き、立ち上がる
それと同時に気づく、近づいてくる不穏な匂い
これは……

「曹操?」
「なんでもない。今は劉備をさがすのが先だな」
「えぇ!」

関羽は笑顔で草原の方へと走っていく。それを追いかけるように私も足を早める
不吉な何かが私の胸を締め付けるのを無視して

結局、劉備は草原の草むらで虎と呑気に眠っていた
後に張飛が何かを喚きながら、来たが関羽にうるさいと怒られていた
本当にこいつは本能のままに動く…
だが逆にそれが少しうらやましかったりするのだ
ほんの少しだが
村に戻ると先ほどとは違うざわめきが広がっていた
ただ事ではないのが見て取れる

「あっ!関羽達が戻ってきた!」
「関羽!張飛!曹操!今までどこいってたんだ!」
「ごめんなさい。ちょっと劉備を探しに……それよりこの騒ぎは一体…?」
「人間だよ人間!この村に人間が入って来たんだ!!」
「「人間…!!?」」

関定の言葉に耳を疑う
まさかこんな山奥の猫族の村が人間に見つかるとは思っていなかった
そしてふとあの忌々しき血縁者の顔を思い出す
あの顔が一瞬でもちらつくと手が少し震える
関羽達にばれぬよう、グッと拳を握った


「人間は何人ぐらい入って来たんだよ?」
「中にいるのは数は少ねえ。が、外に待機している者の方を考えるとざっと1000…」
「まずいな…こちらは戦えるのは300若干名だ。無駄な争いは一族を殲滅させる。ここは村の中の人間だけでも片付けることに専念するぞ」
「「えぇ!/おぉ!!」」
「世平は劉備を頼む」
「わかった。村の中ではお前ら三人が頼りだ。無理するなよ」

世平のその言葉を合図に私たち三人は散開し、人間を殲滅することとなった


「う、うわぁぁぁっ!!」
「ぎゃぁぁぁっ!!?」

ドサリと周りの兵が倒れる
殺してはいないが、しばらくは動けないように気をつけるのは中々厳しい
周りに敵がいなくなったのを確認し、念のため村の入り口の方へ向かった
民家に身を潜め、覗くと多勢の兵が待機しているのが見て取れた
反対側の民家裏に関羽がいるのを目にした
彼女は私に気づくと目で合図を送ってきた
なるほど…あの奥にいる男が軍の頭か
見たところ若めの男と確認
さてどうするか…と策を練ろうとしていると関羽が何かを訴えている
しかし声があまり聞き取れない

(仕方ない…危険だが、向こうに行くしかないようだな)

数歩後ろに下がり、助走をつけて一気に駆ける
何人かの敵に見つかってしまった時はその時だ
無事に反対側に渡れたと思った途端、彼女の拳が私の頭に一発

「っ…」
「なに考えてるのよ曹操…!危ないことしないで…!!」
「殴らんでもいいではないか」

嫁の貰い手が無くなるぞと悪態をつくと、もう一度今度は軽く殴られた
冗談だというのに

「で、何と言っていた?」
「え?…あぁ、だからどうしようかって事を話そうとしたのよ」
「何故それを離れた場所で話そうとするのだ…」

はぁとため息が出る
今度は私が呆れる番であった
さすがに反省したのか、関羽は耳を目に分かるほどに垂れ下げる
こういう所は可愛くて好きなのだがな。何故普段は頑固で大人しくしていないのだろうか

「その事については置いといて、だ。この多くの人間をどう追い払うかが問題だな。我ら猫族の土地に足を踏み入れた事を後悔させねばならん」
「曹操、発言が怖いわ…でも、そうね。帰ってもらわないと困るわ」

関羽は偃月刀をぐっと握りしめ、民家の端から遠くに居る人間を睨む
その瞳は黄金に輝く猫族の証の瞳ではないが、この黒曜石のように輝く瞳の方が私は似合うと思っている
私と同じ…というのもあるのだが
改めて兵の人数を確認すれば、私達2人では到底太刀打ちできないほどの数だ
武将は見た限り一人のようだし、その点では即殺されるようなことはない

「あの人と交渉をして、引き下がってもらえないかしら」
「そう都合よくうまく行くかどうかわからんぞ。相手は私達を虐げる人間だ」
「…曹操、貴方大丈夫?」
「なにがだ」

視線を関羽に戻せば、不安そうな心配そうな表情をしていた
こやつは私の過去をよく知っているがために、色々考えてしまっているのだろう
まったくもって優しすぎる娘だ
私はふっと頬を緩ませ、関羽の頭を安心させるように撫でる

「私が過去を乗り越えられたのはお前のお蔭なのだ。だから、そう不安そうな顔をするな」
「でも…」
「それより、交渉が出来ないかと言ったな。なら私が行こう」
「え、え、曹操…!?」

関羽の静止の声を無視して、民家の影から出る
そのまままっすぐに武将であろう男の元に近づけば、平兵が道を塞ぐ

「貴様、何奴だ!!」
「夏候惇様に近づくな、無礼者が!」

成程、こやつは夏候家の嫡男か
人間社会に疎い、猫族の中、私は念のためと色々勉強をしてきた
それがこんなところで役に立つとはな

「私はこの村のものだ。挨拶もなしにこの村に侵入されてはたまったものではない」
「…貴様、名は」

夏候惇は私を馬の上から高圧的な眼差しで見下げる
年齢から言って私の方が上なのだが、人間社会では偉い地位の者の方が上だ
まったくめんどくさいと思いつつ、名を口にする
この名は人間社会でも通用するだろうしな

「私の名は曹操。曹家だったものだ。曹家ぐらいは知っているだろう」
「なっ…曹家だと…!?という事は、あの曹嵩の息子か…!!」

夏候惇が口に出したその名に心が一気に憎悪に侵食される
その名は一番このちぎれた耳に入れたくないものだ

「私の前で、あの男の名を口にするな」

八つ当たりにも似た、憎悪を夏候惇へとぶつける
彼は少し怯んだが、それでも強い眼差しは絶えることなく私を見つめる

「しかし、何故曹家の者がここに…」
「ここは私の収める村…そこに貴様のようなものが踏み入れるなど…万死にあたいするぞ」
「…悪いが、俺もここで引くわけにはいかんのだ。黄巾族がこの辺りに潜んでいるという報告があったのだ。見逃すわけにはいかん」
「族がここに潜むなど有り得ん。その前に私が皆殺しにしているだろう」

両者一歩も引かず、という膠着状態に陥ってしまった
どうしたものか
ここで他の猫族の者が出て来てしまえば、事態は悪化するのは見えている
私は猫の耳がないが、他は皆当たり前についている
まったく、金眼を倒した英雄がその元凶と間違ったまま書簡に登録されているのだから問題だ

(…金眼…)

我ながらせこい事を思いついたものだと、口角をあげる
私は後ろにいる関羽に出て来るように合図をした

「それに、この村はただの村ではない」
「なに…?」
「人間から恐れられ、虐げられているあの種族の住処だからな」

「かっ、夏候惇様っ!!十三支です!!十三支の女が現れました!!」

兵の言葉に人間すべてがざわつく
私の隣に立った関羽は殺気の籠った瞳で夏候惇を睨みつける
村の女性で一番強く、私と肩を並べるほどの力を持つ関羽
もし人間であれば武将の中でも最高位、都督ぐらいの地位はあっただろう

「十三支だと!!?ここは十三支の村なのか!?」
「えぇ、そうよ。金眼の呪いを受け継ぐ種族…私達が本気を出せば貴方達は一人残らずその命を散らすことになるわ」

演技とはいえ、ここまで迫真的だと私も苦笑せざるを得ない
まあ、金眼の呪いが強大であることは本当なのだが

「ハッ、そんなものハッタリだろう」
「ハッタリかどうかは…やって見なくてはわからんだろう」

私は腰に差してある剣をスラリと抜く
関羽も偃月刀を握りこみ、構える
その威圧と殺気に兵士は震えあがり、夏候惇を置いて逃げて行く
まったく腰抜けにもほどがある

「おい貴様ら!!逃げるとは何事だ!!」
「さあ、残るはお前だけだぞ夏候惇」
「兵のいない、一人の貴方が私達2人に勝てるかしら」
「くっ…」

夏候惇は苦虫を噛み潰したような、苦痛にゆがんだ顔をする
そうとうに悔しいのだろうが、俺らの言っている事は正論だと分かっているのだ
ふむ…こやつがいればこの村ももっと安全になる気がするのだが
まあ、そう簡単に人間が猫族を受け入れるはずがないが

「おーい曹操!姉貴!」

「あら、張飛」

遠くからブンブンと手を振る男が一人

「こっちの兵の撃退は終わったぜー。どいつもこいつも腰抜けばっかで暴れたりねーや…ってコイツが総大将?」
「そうだ。兵が大将を置いて逃げてしまってな。今、どうするか考えていたのだ」

逃がして、今度は何万という兵を連れて来られたら、私達はもう滅びるしかない
これからも平和に暮らせるかどうかはこの判断に掛かっている

「まず、殺すっていう選択肢がないしなー…そんな物騒なことしたら俺らまで人間と同じになっちまう…っておっちゃん言ってたし」
「そうなのよね…」

関羽と言えばいつの間にか夏候惇を拘束している
仕事が早くて助かる

「おい、女っ、離せ!!」
「離したら逃げるでしょう?」

「張飛、兵は残っているか?」
「ん?あぁ、二人ぐらい残ってるぜ」
「ではその者達を逃がす際に、書簡を渡す。"武将 夏候惇は猫族の村に侵入した代償に呪いに侵され殺された。もしまた近づく事があろうならば今度は数万という兵でさえも呪い殺すことだろう"とな」

「なっ…」

「あぁ、つまり脅しか!!分かった、おっちゃんに言ってるくるな!!」

張飛はすぐさま、世平の元へと向かった
残された私達三人は、少し無言になる
夏候惇は悔しそうに顔を歪めて、関羽は気が抜けたのかホッとした表情をしていた
私は夏候惇の元に、目線を合わせる様にしゃがむ
こやつは、私達と一緒に過ごせば猫族への見方が変わる様に思えた
こんな甘い事を考えるとは、私も堕ちたものだ
それもこれも、同胞の可憐な娘のせい

「夏候惇、これからお前をこの村の一員とする」
「……………はぁっ!!?」
「えぇ!!!??」




そんな事があったのはもう数か月も前
今でも、馬鹿な選択をしたなと思っている
少し後悔した部分もある
私の考え通り、一か月もたたないうちに夏候惇の猫族への見方が変わり今では子供に好かれる兄の様になっている
意外と子供の扱いには馴れているようでたすかっている
…が
私の後悔、それは

「関羽、稽古に付き合ってくれないか」
「えぇ、いいわよ。それにしても曹操でなくていいの?」
「…お、お前だからいいのだ…っなんでもない!!ほら行くぞ!!」
「ちょっと、引っ張らないでっ」

夏候惇が関羽に必要以上に興味を持ってしまった事だ
これだけは昔の自分を恨まねばならない
まさかライバルが増えるとは思わなかったのだからな
関羽も夏候惇と歳があまり変わらないのもあり、仲が良い
確かに私は年上であるし、張飛や劉備は歳が下であるが
そうなのだが

「腑に落ちん」
「まだ言ってる…いい加減諦めたら?」
「蘇双の言う通り、こうなっちまったもんはしょうがねえって…ま、俺らとしてはからかいやすくなったから楽しいんだけどな」
「関定…」
「おーこわっ」

目の前で稽古をしている二人を…主に夏候惇を睨みつけながらも、どこか楽しくも思っている
幼少のころは手を血に染めて、自分の出生を恨んでいたが、今では生きていてよかったと思う
猫族に温かく迎えられ支えられて、そして関羽と言う愛しく思う女性が出来た
もしあの時関羽に会えなければ、手を取っていなければ、考えるだけで怖ろしくなる

「そうそーうっ!!貴方も稽古に付き合ってくれないかしらー!?」

関羽は満面の笑みで私に手を振る
私は仕方がないという顔をしながら立ち上がり、二人の元に行く
これから先もこの笑顔を守って行こう



だが、やっぱり腑に落ちないので
関羽を抱き寄せ頬に口付けする

そうすれば夏候惇は驚き、張飛は叫び、関羽は顔を真っ赤にする

(やはり関羽だけは渡せぬ)

いつもの騒がしい日が、今日も明日も明後日もその先も
ずっと続くように、私は柄にもなく祈る


end

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