明治東亰恋伽

□とある画家と幻想作家
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「芽衣、早く帰ろう。鴎外さんがいろはに連れて行く約束だったろ?」

「なにいってんだよ、この子は僕と一緒に今から上野に行くんだよ!!」

「えーっと…;」

少年二人に挟まれた少女…綾月芽衣は困惑していた
先ほどから言い合いが絶えないこの二人
碧の髪色を横に縛り、襟巻をしているのが特徴の少年は後に『黒き猫』という作品を出す、菱田春草
赤髪の肩まである髪、そして芽衣と彼にしか見えないであろう肩に乗っているウサギが特徴の少年は、戯曲や小説と数々の名作を出す、泉鏡花
彼らが何故こんなにも言い合うのか…それは数分前に溯る


芽衣は居候している家の主である森鴎外から、お使いを頼まれていた
心配性な鴎外はあまり遠くへは行かない事ときつく注意しながら、お使いを頼んだのは余談だ
場所は神楽坂の付近にある、和菓子を買ってきてほしいとの事
なんでも近々家に友人が来るらしいのでそのお茶請けだという
まあ、彼の事だ。きっとまた饅頭茶漬けでもだすのだろう
芽衣はこれから来るであろう客人に同情しながら神楽坂を歩いていた

(神楽坂と言えば、音二郎さんか鏡花さんに会えるといいな…)

と、のんきに歩いていると、それが悪かったのか、道の、しかも何もない場所で躓いた
彼女が気づいた時には遅く、来るであろう衝撃に耐えようと目をぎゅっとつぶった……のだが
一向に痛みは来ない

(あれ…?)

恐る恐る目を開けると見慣れた赤髪が視界に映った
紛れもなく、鏡花だ

「あんたって本当グズだよね。こんな何もない所で転ぶなんてある意味才能だね」

「きょ、鏡花さん…」

見上げるとやはり鏡花であった
今はまだ朧ノ刻ではないのであのウサギは居ない
いや、実際いるのだろうけど、まだ見える時間帯ではないのだ
芽衣は慌てて、鏡花の腕から逃れると、ぺこりと頭を下げて礼を言った

「あ、ありがとうございます…助かりました…」

「別に…たまたま通りかかった所に居合わせただけだよ」

そう言って鏡花はそっぽを向く
普通なら極度の潔癖症である鏡花は助けに行かず、そのまま転ばせておいてその後に嘲笑うはずだ
彼自身気づいていないのだろうが、芽衣は気づいていた
自分に対して、少しずつだが心を開いてくれてるという事を
芽衣が一人で笑っていると、鏡花は何笑ってるんだと彼女の額を小突く
そしてどうしてここにいるのかを問う

「鴎外さんに頼まれて、お使いを」

「森さんに?」

「はい、この近くに和菓子があるから適当に選んできてくれと」

鏡花はそれを聞いてふーんとつぶやいた
そして自然に芽衣の手を取って、行くよと言った

「え、あの、何処に…」

「そこの和菓子屋に僕も用事があるんだよ。どうせ道に迷って途方に暮れてたんだろ?」

つまり、案内すると言いたいようだ
実際、迷っていたのは間違いないので、鏡花の優しさに甘える事にした
芽衣は頷いて、歩き出そうとした…のだが、見慣れた襟巻を見つけて立ち止まる

「どうしたのさ?」

「あ、いえ…あそこに春草さんが…」

「菱田?」

見るとやはり、春草で、絶賛小鳥を口説いてる……基画家モードに入ってるようだ
周りが彼を見る目は少し冷たい…のは置いておいた方が良いのだろうか
声を掛けようにもあの様子じゃ芽衣に気づかない
二人はそんな春草を置いて、和菓子屋へと向かったのだった


「ほら、ここだよ」

そう言って鏡花は和菓子屋へと足を踏み入れる
芽衣もその後に続き、店へと入る
中に入ると、和菓子特有の甘い香りが漂ってくる
芽衣は少しお腹をさすりながら、客人用の和菓子を頼んだ
おまけに、連れて来てくれた鏡花の分も

「鏡花さん、お待たせしました」

店を出て、待っていてくれた鏡花に声をかける
待ちくたびれたとぎゃいぎゃい文句を言う鏡花に、先ほど買った、大福を渡す

「何」

「ここまで案内してくれたお礼です」

芽衣は微笑んでどうぞと渡した
そんな芽衣を見て、鏡花は少し顔を赤く染めて、受け取る

「し、仕方ないから…もらってやってもいいよ…!!あんたがどうしてもって、言うんならね!!」

「どうしても、です。あっちの河原で食べましょう」

と、芽衣と鏡花は河原へと歩みを進めた
河原に着くと、鏡花は例のごとく、アルコールランプを取り出して、大福を焼く…と思いきや、普通に食べ始めた

「え……」

「なんだよ。すっとうきょんな声あげて」

「え、あの…良いんですか…?…焼かなくて…」

「ん……?………あ」

芽衣が指摘すると鏡花は首をかしげて、今気づいたような表情をした
鏡花は、うーやらあーやら唸りを上げてから、芽衣をビシィッと効果音が付きそうなぐらいの勢いで指差した

「べっ、別に、あんたがくれたものだから、なんとなく申し訳ないなって思って、焼かなかったとかじゃないから…!!か、勘違いするなよっ!!!」

本音がダダ漏れなのだが、それを指摘すると後が怖いので、芽衣は苦笑して、はいはいと適当に促した
鏡花は分かればいいんだよ。わかればと言って、再び大福を食べ始めた
出会った当初はバイ菌がうつるとか騒いでいた鏡花だったが、今では近くに居る事を許されているような気がして、芽衣はひとりでに微笑む
と、そんな時、聞きなれた声が

「美しい!!そのくるんと綺麗に丸まった尻尾、ビー玉の様な可愛らしい瞳…!!まさに小さくて愛らしい君にピッタリだ…!!あぁ、動かないで!!そのまま…そのまま…ああ…必死にドングリを口に頬張る姿も可愛いらしい…君の様なモデルを俺の絵に収められるなんて、今日はなんて人生最良の日なんだ…!!まって!!そのまま動かないで!!いや、この角度もなかなか…」

こんなマシンガントークをしながら、口説く人なんて、芽衣の知り合いの中じゃ一人ぐらいなものだ
振り向くと、やはり春草で、今度は子リスを口説いていた
子リス、と言う時点で、芽衣の中で、自由奔放な家主が出てきたのは置いておこう
となりの鏡花は、初めてみる春草の画家モードに唖然としていた

「あれ…菱田だよな…」

「あ、はい。春草さんですよ。…にしても、今日で何回目だっけ…」

朝から振り返ってみると今日はかなり画家モードが多発している
朝は、朝食になぜか出た蟹を口説き、その後また黒猫を口説き、後には今度鹿鳴館で行われる舞踏会に出席するため、鴎外が芽衣に作らせたドレスを纏った彼女を口説き、そして先ほどの小鳥、子リスだ

「……5回目…かな」

今日は随分と多いなぁとほののんと思っている芽衣は、子リスが、興奮している春草に怯えているのを見て、助け船を出そうと、近寄った
鏡花は止めようとしたのだが、慣れている芽衣にとって、どうってことないもので

「春草さん、その子、怖がってますよ」

「いいよ、そのポーズも最高だ!!きみは、俺に何枚描かせる気なの?」

やはり耳を貸さない春草にため息をつきながら、芽衣は子リスをそっと抱き上げる
子リスは助かったとでも言うように、芽衣の肩へと登っていき、髪に隠れた
当の本人は、モデルがいなくなって、我に返ったのか、芽衣を怪訝そうに見ていた

「君、なんで邪魔するの」

「周囲の目があれだったので…あ、いや、なんでもないです」

本音を零したら、睨まれたので口を紡ぐ
春草は、はぁ…とため息を吐いて、立ち上がる
そこで、芽衣の後ろに居る鏡花に気づいた

「泉か…珍しい組み合わせだね」

「え、あ、え?」

鏡花はまだ、状況に追いつけていないようで呆然としていた
そんな鏡花を放っておいて、春草は芽衣と向き合う

「で、君はなんでこんなところに居るの」

「あ、鴎外さんに頼まれて、お使いを」

「それで、道に迷った所を泉が案内して、休憩がてらここに来たわけだ」

「な、なんでそれを…!!」

「少し考えればわかるよ。君の事だからね」

春草は笑って、芽衣の頬に手を添える
芽衣はその笑顔にドキッとする。いつもは見せない、柔らかな笑顔
芽衣は自分の顔が火照るのを感じて、パッと横を向く
その行動が気に食わなかった春草は、芽衣の両頬を掴み、自分の方へと向けさせる

「え、あのっ…!春草さんっ…!!」

「何で目をそらすの」

「だっ、だって…」

「別に減るもんじゃないだろ…ほら、良く見せて…君の顔」

春草はそう言って、顔を近づける
芽衣は戸惑ったまま、抵抗できず、目をぎゅっと瞑ったその時…

「ちょっと!!僕の事を忘れないでよね!!」

「っ!!」

「…………ちっ…」

鏡花は芽衣の肩を掴み、自分の方へと寄せ、春草から離した
今、春草から舌打ちが聞こえたのは気のせいだと思いたい
鏡花は芽衣を抱き寄せたまま、春草を指差し、怒鳴った

「この子はね、今から僕と上野に行くんだよ!!」

「え…」

(そんな約束したっけ…?)

鏡花を見上げると、黙って話に乗れと言わんばかりの目をしていたので、芽衣はそうなんです。と口を開こうとしたのだが、それは春草に阻まれた

「何言ってるの。この子は今から俺と…鴎外さんと一緒にいろはに行くんだよ」

「へ…」

春草は芽衣の手を取って、そう言い放った
芽衣はまたしてもきょとんとしていた
彼女が戸惑っているうちに、言い合いはヒートアップし始めていた




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