乙女ゲームの棚

□師匠の対価
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「あの、孔明さんは、何人くらいお嫁さん、もらうつもりですか?」
「…………………はぁ?」
今更、そんな事を聞いてきた花に、僕は思わず間抜けな声を出してしまった。
「だ、だから…」
「いい、二度聞きたくないから」
むしろ二度と聞きたくない。今更この子は何を言い出すんだろう?
と言うか本気で聞かれてるなら、腹が立つ。いや、花は本気で聞いてるんだろうけど。だって今にも泣き出しそうだし。
「原因を言ってみなさい」
自分以外に妻を持たないで欲しい、と言う様な事を言われて結構嬉しかったのは記憶に新しい。
つまり花がこんな事を言い出したのは何かしら聞いたか言われたかだ。
「この世界では、それが普通…だって」
「まぁ、一般的にはね」
「それだけ、です」
「……それだけ?」
「……………………はい」
間が気になったけど、花はきっとこれ以上は自分から語らないだろう。
それなら上手く引き出せれば…って、これも違うか。流石に花に、そんな扱いをしたくない。
「君の世界では、夫婦は男女一組なんじゃないの?」
「大体、そうです、けど…」
「なら、僕が君以外を妻に迎える事はないよ」
「……どうしてですか?」
「どうしてって……花?」
花は泣いていた。下を向いているから、表情は分からないけど、きっと泣いている。
「私は、今この世界に居ます」
「うん……」
「なら、この世界の普通に、合わせるべきじゃないですか」
「どうして」
「だって!」
言い返そうとした花は思わず顔を上げて、僕と目が合うとあからさまに逸らした。
今のは、流石に傷ついた。

「花」
呼んでも返事もしない花に、大分冷静さを欠いているのは自分でも分かる。
だけど、やっと夢に書いた幸せを手に入れて早々何でこんなやり取りをしなくちゃいけないのか僕には分からない。
「花、何が君をそうさせたの」
「…そんなの、孔明さんしか、居ないじゃないですか…!」
「僕…?」

「孔明さんの計りなんて、私には分かりません!」

その言葉に、僕はようやく事の原因に思い当たった。
「花」
これは僕が悪い。あの時悪かったのは花だけれど、僕の苛つきを含んだ言葉が花を追い詰めた。
「ごめん、花。でもそういう意味で言ったんじゃない」
「…どういう意味ですか」
「今、君が捉えてる意味だよ。僕は君にこの世界の普通を求めてはいない。君が君で在れば良いんだ」
「だって、それじゃ駄目だって…」
「君が自分の考えだけを尺にしていなければ良いんだ。事実君は直ぐ考えを改めて、謝った。それだけで良かったんだ」
「………でも、師匠……」
あぁ、そうか。もしかしたら花の中で僕は一生師匠なのかもしれないな。夫婦になっても、ずっと…。
「ねぇ花。僕も間違える事はある。間違えたら謝るよ、今回みたいにね。だから、少しずつでいい。僕を隣で歩かせてくれないかな」
涙を流したまま不思議そうな顔をしている花に、少し切ない気持ちが込み上げる。
「いつかで、良いから。一生かかっても、良いからさ」
無垢な顔で僕を見つめる花。僕は自分に焦らない、と言い聞かせる。
「それまでは、少し前を歩いてあげるから」


(幸せなのに、こんなに切ないのは何でだろうね?)

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