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□アイヲシレ
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 黄色いロングコートの後ろ姿を見かけた。

『うひゃぁぁぁ!!てぇるぅみぃさぁぁん!!』
「うおっ!?」

 男の人にしては細い腰に思い切り抱きつく。突然のことだったので思わず声を出したが、そこはきちんと踏ん張って顔面を地面にこんにちはすることはなかった。

「てんめぇ…この、馬鹿が!!抱きつくな鬱陶しい!!」

 肘を頭にぶつけながら怒鳴る。

『いたっ、いたっ!痛いっすよ!テルミさぁん!』
「だったら離せ!!暑苦しい!!」
『やーですよぉ!!愛してますから!』
「うぜぇぇ!!」

 しまいには後ろ回し蹴りを仮にも少女に喰らわせた。引っ付いていたから上手く避けることは出来ず、もろに喰らった蹴りの反動に数メートル先まで転がっていく。イシャナ独特の制服のマントがはためく。
 わき腹を押さえながらヨロヨロと立ち上がる少女。だが、何故か笑みを浮かべている。

『うは、照れ隠しっすか?かーわいいっすね、テルミさん。相変わらずいい腰つきで』
「黙れ変態。大体なんだ!いちいち合う度引っ付いてきやがって」
『ん?そこにテルミさんがいるから』
「山に登るような理由で俺様に触れんなクソが、切り刻むぞ」
『大丈夫です!!魔法で増幅するようにしますから!!私に囲まれてください!!』
「スライムかっ!?きしょいわ!!」

 ばっと両腕を広げ待っている少女に、テルミは頭が痛くなるのを感じた。
 ナインの数少ない友人で、あの三人とはまた違ったタイプの女。いや、まず次元が違いすぎる。女っ気のない言動。体つきも言っては何だが、まな板も同然だ。スカートの下にはスパッツをはいており、お洒落の文字はこの女にはない。セリカとはまた違った文字通り行動派。なぜこんな奴があんなのと接点があったのか。疑問を抱かずにはいられない。魔法よりも格闘が得意ときた。

『んーふふ』
「…んだよ、きもちわりーな」
『やー、つっこみを入れてくれる辺り、優しいなーって』
「はあぁ?」

 露骨に嫌な顔をしながら近づいてくる少女に警戒をする。が、隣に並ぶだけで何かをしようもする気はないようだ。

『だーって、十兵衛さんは苦笑いだし、執事さんはおかしな物を見る目で見るし、ハクメンさんに至ってはまず会話が成立しないし、ナインとトリちゃんはノリが悪いし、セリカンは……ズレてるし』

 笑いが足りないー!!と、叫ぶ。

『その分、テルミさんはつっこみの切れがハンパないっす!!これを待ってたんですよー!!二人でてっぺんを目指しましょう』
「…お前はほんと、頭の中身がねーよな。叩けば空洞音しかでねーんじゃねーの?」
『いやいや、脳味噌詰まってますよ?ですから構えないでください、さすがの私もそう何度も叩かれたら脳細胞死滅しちゃいますから。知ってます?一回叩くごとに脳細胞死滅するんすよ』
「安心しろ、お前は元から救いようがないところまでいってるから」
『おぉっとぉ!!暗に、お前は馬鹿だと言われたぞー』
「あ?理解できたのか。いやー良かったなーまた一つ賢くなったぞ」
『え?テルミさんがオブラードに悪口を言えるということですか?ささやかな優しさですね、オーケー把握した』
「把握した、じゃねーよ」
『あいたっ』

 石畳を歩く二人。頭一つ分低い少女はいつの間にかテルミの手を握っている。端から見ればただのカップルのようだが、それは知る人が見れば親と子のようだと言うだろう。悪態は吐くものの、テルミは少女といるのは嫌ではなかった。
 似たような緑色の髪は腰まで伸びている。そこだけは女らしいというのか。ナインやトリニティに髪だけは、と言われたそうだ。前はショートだったのだと写真を見せられたことがある。その写真の中でさえ、少女は変わらない笑顔を浮かべていた。

「なんか、てめぇは生きてるだけで楽しそうだよな」
『いきなりなんすか?』
「いや」
『んー…言われてみれば、毎日楽しいっすね』
「……」
『今日はー、ナインのアイスコーヒーに塩入れたでしょー?あれってさー、甘さを引き立たせるために入れたんだけどなー、アンコみたいにならなくて結局しょっぱかったらしいんすよ。いやー、午後丸々追いかけられました』
「てめぇ馬鹿だなやっぱ」

 そんなことをして無事なのは友人というポジションにいるからだろう。いや、元々の身体能力が高いというのもある。
 にこにことしながら最近あったことなどを話す少女を見て、テルミはおもむろに話しかけた。

「…もし、明日世界が滅ぶなら、てめぇは何がしたい?」
『お?もしも話ですか』
「まぁな」
『えー、明日っすかー?』

 んー、と言いながらブラブラとつないでいる側の腕をふる。特に意図があって持ちかけたわけではない。ただの気まぐれだ。
 しばらくしてから少女は顔を上げる。

『したいってわけじゃないっすけど…どうせ明日滅ぶなら、テルミさんに殺されたいなー』
「…はぁ?」
『えーへへ、だって最後の最後までテルミさんのことを想って、最後に見る人がテルミさんでいたいじゃないですかー!うひゃー!ハズい!!』
「……きもいわー」

 夕日にさらされた少女は笑顔をたたえたまま、いつもの調子で笑い飛ばす。
 テルミはそんな少女を見下ろしながら自嘲気味に口をつり上げた。


















(どうにかして生きようとは思わねーんだな、こいつ)
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