遥かなる日々
□桜に鈴
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■桜に鈴■
愛おしい人がいた。
それは私の妻――櫻姫。
ころころとした笑顔が素敵な人で、みるものすべてにおどろき感激する女性だった。
「惟盛さま、大好きです」
微笑む彼女のなんという愛おしさ。
私は抱きしめ、気持ちに返す。
☆
怨霊の身になってもこの愛おしい思いはかわらなかった。
それは裏表なく彼女を愛していた証拠だった――愛おしい気持ちがあの勾玉より人の姿をとどめてくれた。
でも。
彼女の笑みはない――憤りを吃とした目に宿していた。
「なぜ入水なさったの?」
そう、凄まれても私はただ笑って返すだけだった。
その笑みは彼女にとって皮肉に見えたのかもしれない。
だがそれしか出来ない。
怨霊としてよみがえった身としては。
全てが愚かにしかおもえなかったのだ――その問いも、愚問だとしか。
そんな彼女は大きなため息をつき、おもむろに喉にあいちくを突き刺した。
「――なんと!」
私は驚き彼女をだきおこす。
「どうか私も同じ怨霊にしてください――ずっと御側に……おいてください」
鮮血が私の掌を濡らす。
――バカなことを!
そう憤った時、理解した……彼女も私に対してそう憤っていたのだ。
変ってしまったことに憤ったのではない、自ら命をたってしまったことに。
どんな姿でも構わない、生きていて欲しかったと。
「ふふ、ふはははは……!」
私は額を押さえ高笑をあげた。
「わかった――そなたを鼠にしよう! 鉄のような醜い鼠だ!」
「……鉄鼠……」
彼女はそういい、姿を鼠の姿に変えた――ただ灰色の鼠ではなく白い鼠――不思議にその毛並みにうっすらと花びらをもして散りゆきそうな模様。
鉄鼠という名には相応しくない、鼠の姿。
だが、それは切なく愛おしい者の姿。
「私の、かわいい鉄鼠……」
はらりと、涙がこぼれた。