遥かなる日々

□扇
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■扇と刀■

 ――扇がおちていた。
 それは骨組みに赤く染められた障子紙でできていて。

 あおっただけで壊れてしまいそうな扇――

 銀はその扇をそっとたたんだ。
 だれの扇なのだろうか、と思いはしたものの持ち主を探す気にはなれなかった。

 だれかに、そっくりだ。

 その誰かは分らなかった。でもそっくりだとおもった。

「なにをしている」

 主に呼ばれてハッと銀は顔を上げた。
 主は銀をみて細い眉を怪訝にひそめた。

「なにを泣きそうな顔をしているのだ?」

 ――私が、泣きそう……?

 よくわからなかった。

 切ないとはおもったが、自分が泣きそうなのだとは。

 主…泰衡は銀を一べつすると来いと命じた。



「――重衡」

 誰かに呼ばれた気がした。

 それは低く抑揚のなくそして気だるさがある声だ。

「重衡――さきに逝く」

 ――あに、うえ?

 兄は不敵に笑う人だ。
 最期の別れも不敵に笑った――いやどこか満足げで。

「あに、うえ…」

 闇に手を伸ばす。

 もう手に掴めないことを心ではわかっている。

 やはり、いってしまったのだ。

 なら。

 なら…この重衡も連れていってください。

 銀としていきるために――。

 すがりたかった。
 兄の…知盛の言葉を待った。


 ――好きにすればいい、と。


 でも不敵に笑うだけで、突き放した。

「あの女に頼むんだな、殺してくれと。きっと望みは、かなうだろう」

 ――おんな?

 知盛は闇へと消えた――。



「――っ!」

 名前を叫んで、叫んだ途端夢も全て消えた。

 何が悲しくて何がつらくて、誰に誰を連れていってくれと希ったのか忘れてしまった。

 でも。

 懐に異物を覚えて探ると、骨組みしかない扇。

 紙はどこへいったのか、いまもわからない。

 けれどそれは平家が滅びたという意味なのだとあとから知った。
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