遥かなる日々

□オモリ
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◆年の功◆

十歳の僕は甥に嫉妬を覚えた。
生まれて三年なのに、女の人をぺたぺたと引き寄せるからだ。

「坊やかわいいわね〜」
「まあお人形みたい!」
「もうもうほっぺがぷにぷにい!」

 女の子達につっつかれて、涙ぐんだり、人見知りして僕の影にかくれるなら、かわいげがあるのに、モテることを本能的に分ってるらしく前髪をかきあげたり、かわいく微笑んでちゅっと女性の掌に唇を落とすと、「きゃー! かわいいい!」という悲鳴を浴びてはニヤッ、と悪童めいた笑みを浮かべる。

 彼のしぐさのなにもかもが女性の心をわしつかみにする。

 これに嫉妬を抱かないほうがおかしい。
 ――数年前まで僕がそれだったのだから。

「おう、弁慶」
「兄さん」
「こいつの面倒みてくれてありがとうな」
「いいえ。一応可愛い甥ですから」
「なに不機嫌なかおしてるんだよ」
 首をかしげる兄さんを見やる。
 年はまだ二十歳をいくつか超えた、逞しい筋肉と日に焼けた褐色の肌を持つ美青年――低い声も女性を口説き落とす威力を持っている……いや女性のほうがほっておかない。

 色白でひょろっとした僕とは対照的な兄は確実に甥っ子の父親だ。

「兄さんの影響だ」
「は?」
「湛増のことです。彼の存在自体が女性を引き寄せるんですよ」
「可愛いからな」

 即答ですかい、親ばか。

「でも、あいつも好きな女の子は落とせないらしいぞ」
「は?」
「最近都から来た一つ年上の女の子がいるんだが、それがなかなか…湛増をきらってるらしいんだ」
 そのときだ、姉が小さな女の子を連れてこちらきた。
 大きな瞳に、薄紅のくちびる、白い面。
 大輪の華を咲かせた衣を着てさらに可愛らしさを演出させた。

 あれが湛増の思い人ですか。

 湛増は彼女の姿をみつけると僕の手をはらって女の子に花をさし出した。
 けれど女の子は怪訝に眉をひそめてササッと姉の背に隠れてしまった。
 湛増はショックをうけたようでその場にかたまった。
 そんな彼の一連をみていた姉はくすくすわらい、耳打ちすると湛増はぺたんと地面にふせてわ〜ん!と泣いた。
「どうしたんだろう?」
「なあ、弁慶。今度はお前があの子をくどいてこいよ」
「え?」
「お前ならどう口説く? あいつにみほんみせてやりなよ」

 ――なぜ僕が、

 とおもいつつ――挑戦状をたたきつけられたからにはやってみたくなった。

「お嬢さん、僕とお散歩にいきませんか? 熊野一の鈴なり桜をみせてあげますよ」
「さくら?」
「ええ、君のように美しい桜です」
「弁慶どのもちょっと」
「なんです、姉さん」
「あのね、湛増にもいったんだけど……この子男の子よ」
「え?」
「だから男の子。身体が弱いから女の子の服装をしているだけなの。――ね。スミレ姫」

 スミレ姫――のちの敦盛はこくんと頷いた。

 背後に意地の悪い表情を浮かべる兄と、同じ轍を踏んだ叔父におどろく湛増。

 この親子は!

  ――僕はその日、兄に下剤をのましたのは可愛い報復だった。

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