遥かなる日々
□扇
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■扇と刀■
――扇がおちていた。
それは骨組みに赤く染められた障子紙でできていて。
あおっただけで壊れてしまいそうな扇――
銀はその扇をそっとたたんだ。
だれの扇なのだろうか、と思いはしたものの持ち主を探す気にはなれなかった。
だれかに、そっくりだ。
その誰かは分らなかった。でもそっくりだとおもった。
「なにをしている」
主に呼ばれてハッと銀は顔を上げた。
主は銀をみて細い眉を怪訝にひそめた。
「なにを泣きそうな顔をしているのだ?」
――私が、泣きそう……?
よくわからなかった。
切ないとはおもったが、自分が泣きそうなのだとは。
主…泰衡は銀を一べつすると来いと命じた。
☆
「――重衡」
誰かに呼ばれた気がした。
それは低く抑揚のなくそして気だるさがある声だ。
「重衡――さきに逝く」
――あに、うえ?
兄は不敵に笑う人だ。
最期の別れも不敵に笑った――いやどこか満足げで。
「あに、うえ…」
闇に手を伸ばす。
もう手に掴めないことを心ではわかっている。
やはり、いってしまったのだ。
なら。
なら…この重衡も連れていってください。
銀としていきるために――。
すがりたかった。
兄の…知盛の言葉を待った。
――好きにすればいい、と。
でも不敵に笑うだけで、突き放した。
「あの女に頼むんだな、殺してくれと。きっと望みは、かなうだろう」
――おんな?
知盛は闇へと消えた――。
☆
「――っ!」
名前を叫んで、叫んだ途端夢も全て消えた。
何が悲しくて何がつらくて、誰に誰を連れていってくれと希ったのか忘れてしまった。
でも。
懐に異物を覚えて探ると、骨組みしかない扇。
紙はどこへいったのか、いまもわからない。
けれどそれは平家が滅びたという意味なのだとあとから知った。