オレたちのこれから IF(小説)

□オレを呼んでよ
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部屋に入ると、いつもより凄惨な姿の葵サンがいた。髪は激しく乱れ、小さく息を漏らしている。



「葵サン…?」



何があったのだろうか。

急いでベッドに近寄れば、オレを見たくすんだ瞳が大きく見開かれて、弱々しい指先でオレのユニフォームをぐいっと引っ張った。思っていた以上の力にバランスを崩して葵サンに覆いかぶさるようにベッドに倒れこむ。

くぐもったような声が聞こえて、慌ててそこから避けようとしたら今度は背中に腕を回された。震えてる…?



「ヒロト…、ヒロト…」

「…どうしたの?何かあった?」

「へん、なんだ。身体があつい。変なくすり、飲まされ…」



変なくすり。その単語にハッとした。そうだ、確か父さんは今日の分は他の誰かが飲ませに行ったと言っていたじゃないか。あの時は別のことに気を取られていて深く考えこまなかったけれど。

葵サンは怯えていて、優しくは扱われなかっただろうということは容易に想像がついた。鎖に繋がれている手首は擦れて赤くなっていて、どうにかして抵抗しようとした形跡が見られる。よく見れば腕も一部分だけが変に赤い。

怯えと不安に覆われたような眼差しがオレを映す。助けて…と、すがってくる瞳に息が詰まった。

…オレだって、これからキミに酷いことをしてしまうのに。



「…明日も、その薬は飲まないといけないんだよ」

「ぇ…」

「栄養剤、なんだ。ちょっと苦しくなるかもしれないけど、これも葵サンのためなんだよ」



君はただの道具。ただのおもちゃ。そうだろ?それなのに、どうして心が乱される。悲しみが広がっていく。このままキミがオレを嫌ってくれればいいのに…、どうしてそんな顔をするんだ。

葵サンは悲しそうなのに、切なそうな瞳でオレを見る。止めてくれ。そんな顔でオレを見るな。オレはキミに好かれるような人間じゃない。止めてくれ…。

背中に回っている腕の力が強まった。まるで赤子を慰めようとしている母のような強さに、どこか懐かしさを覚える。

思い出したのは姉さんのこと。あの人と出会った時、あの人は涙ぐむオレをそっと抱きしめて歌を歌ってくれた。お母さんがこの人だったらいいのにって幼いながらに思って、困らせたことだって何回もあった。

止めてくれ…。そんなこと思い出させないでくれ。あの人は父さんを裏切ったんだ。オレたちを置いていった。許しちゃいけないんだ。戻って来てくれないかななんて、置いていかれて本当はショックだったなんて思っちゃいけない。

オレは父さんが一番なんだから。



「ヒロト…」



姉さんもそう呼んだ。あの人にとってオレは、…基山ヒロトだっただろうか。それとも…。



「ヒロト」



父さんの中にオレはいない。オレはあの人の亡霊で、いつだってあの人の影だった。

基山ヒロトなんて、そう思ってくれたときは一度だってあっただろうか。悔しさと悲しさに心が覆われていく。今だって「よくやりましたね」「頼みましたよ」なんて、その言葉はオレに向けられてなんかいない。

身体の力が抜けていく。じんわりとした体温が布越しに伝わってくる。シーツについた腕が、徐々に沈んでいくのを感じた。



…あぁ。





(壊れそうなのは、誰?)

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