文章置場
□黒権現
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ぺき、私の小指が小気味良い音をたてて折れた。・・・正しくは折られた
痛みで叫びそうになるのを必死に抑える。目の前でにやにや笑う、こんな男の思い通りになどなるものか
「はは、雲居殿は気丈だな。だが痛いのならば我慢などせずに叫ぶといい。ほら」
べき、と今度は薬指をやられる
「っぐ、う、っ!」
「おお、よく耐えたな。ならばこれはどうだ?」
「〜〜っ!!」
ぱきり、ぱきりと、まるで戯れで枝を手折るように折られていく私の左手。痛みと非現実さに頭がおかしくなりそうだ
いっそ発狂してしまえればどれだけ楽だろう。人間としての尊厳を捨て去って、叫び暴れることができれば
しかしそんな醜態を晒すわけにはいかない。私は石田軍の人間だ。高潔に、あの方のように美しく生き抜くのだ
「っふ、っ、ふ、・・・ふう、」
「ほお、すごい精神力だな」
心を落ち着けるために息を整えていると、男はそれを見抜いて笑った
「しかしどうだろうな、これを見て冷静でいられるならば、本当に大したものだが」
「・・・っ何を・・・!?」
ずい、と男は雲居の眼前に何かを寄せた。赤黒くて形が歪なそれは、何かはわからないが不快にさせる。男の口ぶりから、雲居は嫌な予感しかしなかった
「わからないのか?これは」
“お前の左手だよ”
ねっとりと紡がれた言葉に、背中がさあと冷たくなった
「お、どうした?息が荒くなってきたぞ」
「は、っは、っは・・・っは、」
(これが、手?私の左手?)
よく見れば、指があり得ない方向に捻曲がり、腫れてぶす色になっている
触られたことにすら気が付かないほど麻痺しているのか、神経がいかれてしまったのか。もうこの手は使いものにならないだろう
先程までの決意は脆く崩れた。こんな手ではもう戦うどころか武器さえ握れない
それはつまり、自分の価値がなくなることを意味した
(あの方の為に働けないなんて)
「ひ、わたし、いや、いや・・・!!わ、たしの手が、あ、あっ、・・・!!」
「ははは、さすがにこれは堪えたか」
「あ、あ、私の、手が・・・」
さっきまで抑えていた涙が、とめどなく溢れる
「どう、して・・・どうして、こんな、こんな、ど、うして・・・」
どうしてこんなことになった
自分は、大谷に頼まれた偵察の帰りで大阪城に急いでいたはず
それがいつの間にかこんな場所に運ばれ、自由を奪われ、左手を潰された
「どうしてか・・・だって?知りたいか、雲居殿。・・・欲しいからだよ」
泣き崩れ意識の途切れた雲居を見下ろした
男は、名を徳川家康といった
この男が手に入れられないものが、一つだけあった
それを男は手に入れたかった。壊してでも
「ワシは、欲しいものは自分で手に入れる性分でな」
太陽の影がさす