白桜と一人の少年

□白桜と一人の少年
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白く染まる季節が過ぎ、暖かい季節がやってきた。
道の両側に咲いている桜の木は新入生の俺らを招いてくれているようだ。
桜の花びらがひらり、と静かに落ちてピンクの絨毯を作っている。


少しずつ学校に近づくにつれて、学生が増えてきた。
俺と同じ紺色の制服――私立白桜学園(はくおうがくえん)の生徒だ。
白桜というように、校門をくぐると大きな白い桜の木が迎えてくれた。


これは世界で唯一ここでしか咲かない幻の白桜(しろざくら)。
樹齢何千年といわれる、伝説の桜だ。
なぜこの学校に咲いているのかは知らないが、学校の名前の由来は考えなくともこの桜のことだと誰でもわかるだろう。


ピンクの桜の中で咲く一つの大きな樹は目立つ他なかったが、白であるからか気品があり、見惚れてしまう。
昇降口へと向かっていた足を白桜の前で止める。



「これが、白桜か…」



近くで見ると迫力が増す。
白く咲き誇る桜は光の一粒のように悠然と咲いている。
時折落ちる一片が陽の光を受けて輝いているように見えた。


すぅ、と目を閉じ深く息を吸う。
特に何があるわけではないのに、何故か落ち着く。
この木の周りがまるで清めてあるかのように澄んでいるのだ。


さわさわと風に揺れて聴こえる音は心地よい。
無意識のうちに桜に手を伸ばしていた。



「…――そこのキミっ!」



ハッとして桜まであと数センチのところにある手を止める。
知らぬうちに緊張していたようで、背中に冷や汗が流れた。


後ろから聞こえるバタバタと騒がしい足音は迷うことなくこちらへ向かってきた。
止めた手を掴まれ、目を合わせられる。げ、睨まれてる。



「何してるの!?その桜には触ってはいけないって、説明会のとき聞かなかったの!?」
「あー…すみません、聞いてはいたんですけど…」
「聞いてたのにあんな行動を!?危ないでしょう!」
「すみません…」
「もう…念のためもう一度言っておくわよ。あの"桜に触れてしまったものは死に追いやられてしまう"の。
だから気をつけなさい!間違ってでも触れたりしないこと!」
「はい。」
「わかったならいいのよ。早く教室に行きなさい」
「はい――ありがとうございました」



礼を言い、昇降口へ向かう。
なんとなく周りの視線が刺さっているのは気のせいではないだろう。
けどまぁ気にしない。

話しているうちに彼女が先輩だということが分かった。
きっと新入生の案内人なんだろう。
ということは生徒会の生徒とか…いや、今はどうでもいいことだ。
とりあえず教室を目指そう。


再び歩き出した俺は、足を止めることなく昇降口で靴を履き替え、もともと教えられていた自分の教室へと向かった。






そんな俺の姿をずっと見ていたものがいるなんて、
この時の俺にはまったくわからなかった。

そしてそのものがこれから俺の人生を狂わせる
存在となるなんて…知る由もなかった。


――白く輝く桜の樹の幹に一人、和服を着飾った青年がいた。
彼の視線の先には彼がいる樹に触れようとした不思議な少年。


「ふぅん…あれが、白埜真宏(しらのまさひろ)か…」

ふっ、と口元を緩める。

「――いいだろう。しばし様子見としよう」

その言葉と共に、彼はすう、と静かに姿を消した。




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