頂き物《小説》

□失くした腕で得たモノ
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僕は昔、攘夷戦争に参加していた
剣の腕はいい方だった。
自分でいうと自惚れな気もするが、控えめに見ても仲間の間では上位に位置する。
もっとも、先頭切って戦っていた彼等の前では霞んでしまうが。

失ったモノの為に戦ったのに、結局はまた失ってしまった。
多くの仲間が死んでいった。
それでも、生き延びた仲間はいた。

攘夷戦争を終えると皆生きる道が分かれた。
攘夷の意志を捨てきれない奴らは特にだ。
高杉晋助の率いる『鬼兵隊』。
今は温厚派の桂小太郎の率いる『桂一派』。
彼等のカリスマ性に惹かれ、その後をついて行く仲間達。

これからも共に戦わないかと誘われたりもしたが、逃げるように断った。
この戦いで右腕を失ってしまった僕はもう、生涯刀を手にすることはないだろう。

唯一の救いは利き腕が左だということだ。
・・・やろうと思えば、左手で刀を握ることだって出来る。
それでも再び刀を手にしようとしないのは、もう目の前で、仲間を失うところを見たくないからが大半だ。

いいわけは他にもあるが、その中の一つ。
心の片隅に残す、『彼』の存在だった。

出会った時の衝撃は今でも忘れない。
その時代、誰が見ても異端な容姿。
僕はそれを・・・美しいと思った。
銀色の髪に緋色の瞳。
今では珍しくはないが(・・・否、『彼』以上にその美しい色彩を持つ者はいないだろうが)一目見て、『彼』の美しさに惹かれた。

だが、『彼』にはそれだけではなかった。
戦場が『彼』の変化を見せた。
いつもはその無気力な瞳も剣呑を帯び、刀を振るうそれは舞うように天人を斬っていった。
煌めく刀を、輝く銀の髪を、瞬く間に紅く染め上げた。
味方の僕達もその気迫、その尋常なる殺気に圧された。
そして・・・畏れた。
血の雨に咽ぶことなく浴びたその姿―――『白夜叉』。
いつしか『彼』はそう呼ばれるようになった。

例外もなく、僕も『彼』に対する認識が白き夜叉へと変わりかけていた。
けれど『あの夜』、強制的にその認識を改めることとなる。





あの日は満月だった。
このところ戦況は厳しかったこともあり、やっと得られた休息のひと時。
無人の古寺を現在の根城としていた僕達は、それぞれ思い思いの場所で雑魚寝をし、皆死んだように寝静まった。
それほどまでに戦での疲労は大きいのだ。
かくいう僕もそうなのだが、この日は何故か寝付けなかった。
眠気を起こすため少し動こうと寺の外に出てみれば先客がいた。
「!?」
さっと柱に隠れる。
『彼』がいたのだ。
眠気を起こすためなのに、目がさえてしまった。
なぜ起きているのだろう。
もしかして、自分と同じように眠れないのだろうか。
早まる動機を抑え、顔をそっと出す。
すると『彼』は寺から離れ、近くの林のほうへ歩き出した。
どこへ向かうのだろう?
僕はその後を追った。

やがて『彼』は開けた草むらで立ち止まる。
僕はそこから少しばかり離れた生い茂る木々の間に身を潜めた。
勝手についてきてその上覗き見するなんて、僕はいったい何をやっているのだろう。
そんなことが頭の中で反芻して後ろめたさを感じずにはいられないが、それでも、少しでも彼のことを知りたいという気持ちが、僕をその場に留まらせる。

長い間『彼』は動かなかった。
何をするわけでもなく、ただ月を見上げる。
戦場では常に修羅を背負い、天人にも劣らない化け物じみた『彼』。
辺りの静けさの中一人きりだからか、暗い夜の闇の中、月明かりに照らされ白く淡く浮かぶ後姿。
夜叉と呼ばれるには今の『彼』のその背は酷く、弱々しかった。
・・・ああ、『彼』は人だ。
例えようのない安心感と切なさが広がる。
声を掛けるべきか。
右手が『彼』へと向かいかけたところで思いとどまる。
いや、掛けたところで何になる。
同じ同志とはいえ『彼』とは一度も会話などしたことがなかったというのに。
・・・そうだ、一度だって言葉を交わしたことがない。
僕という存在が『彼』の中に微かでも残っているかどうかすら危うい。
改めて知った事実に激しい落胆を覚える。
こんな僕が『彼』に何を伝えようとしていたのだろう。
・・・いつの間にか『彼』の姿が忽然と消えていた。
視界の隅に止まる右手が例えようのない虚無感を感じさせた。






***

戦況は悪化する一方だった。
高杉晋助が目を負傷した。
僕自身も右腕を失った。
切りつけてきた天人を意地でもその場で殺せたのが唯一の幸いだろう。
僕の部隊隊長でもあった桂小太郎に、負傷した己の不甲斐無さともう戦えないことに頭を下げて詫びた。
「気にするな、後は我々に任せろ」と責められることはなかったが、気を使わせないようにいったのだろうその強がりが、あまりにも痛々しかった。
頭を上げ視線をめぐらすと、緋色の瞳と目が合う。
「っ!」
なぜ『彼』がこちらを見ていたのか。
なぜ『彼』と目が合ってしまったのか。
戸惑いと緊張が走る。
実際には数瞬とはいえ、長く見つめ合った気がした。
やがて彼のほうから目を反らし、その場を後にし去って行った。

これが『彼』を見た最後だった。

・・・彼は何故、あんな目をしていたのだろう。
小さな疑問を抱え、こうして僕は戦線を離脱した。
そしてこの結果、幸か不幸か、攘夷狩りから逃れることとなる。

とある風の噂で聞いた。
白夜叉が姿を消したと。

『彼』は何を思い、あの戦場から消えたのだろう。
結局は最後まで、『彼』のことはなにもわからなかった。



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