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□CUB
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「リ…リエ……?」

「“リエーフ”、です」

「リエーフ!すごいねー!」



繰り返し俺の名前を口にする目の前のこの人に、俺は少しだけゲンナリとした。



(…何がすごいんだ、)



でもこんなのは慣れたことだ。
日本とロシアのハーフ。加えて2mを超える高身長。

必ず目に留まるしすぐに顔と名前を覚えられる。
それは良いことでもあるし、時に良くないことでもある。


ただ、ひとつ。

変わらず確実なのは、俺は俺自身やその名前を心から愛し、気に入っているということだ。



「うーん…どんなのがいいかな……」



たとえ他人からどう見られようと、



「リエちゃん、とか?」

「…………」



どんなあだ名をつけられようとも、だ。



「リ…リエちゃんっ…!ぶっひゃひゃひゃ」

「黒尾さん笑いすぎ…っギャハハハハ!!」



黒尾さんと猛虎さんが笑い転げる。

犬岡と芝山だって笑いこらえてんの、バレてんだからな。



「あれ、そんなにヘン?」

「ヘンっていうか、“ちゃん”はナイだろ…」



夜久さんが呆れ顔でフォローに入る。



「じゃあリエリエ?…あ、リエっちは!?」

「リエっち!!、ぶひゃーー!」



ますます笑いが止まらない黒尾さんと猛虎さんに、犬岡と芝山もついに吹き出した。



「もー!お前らもいい加減にしろ!」



ムッスーーとした俺の顔を見て、夜久さんがみんなにチョップをかます。

子気味の良い音と、口々にいてっ!という声。


俺がこの部に入って以来、事ある毎にこの話題だ。
自己紹介をした時の、先輩たちの好奇の表情といったらなかった。

今日はいつもの先輩たちに加えて、女子バレー部の3年生・ギズモさん(と、いう方らしい)を、猛虎さんが呼び止めた。
そして、ギズモさんにも案を仰ぐことになったのだ。

しかし結果、さらに面白がられてしまうならば、俺から再度伝えるしかあるまい。



「てか。あだ名付けようとしてくれなくていいっスから」

「バカお前!せっかくギズモさんが直々に付けてくださるんだぞありがたく思え!!」

「だから頼んでないし!」

「ンなーーッ!?」

「まーまー!私も勝手に話に入っちゃっただけだしさ。本人がいいって言ってるなら無理に付けなくてもいいと思うよ?」

「いや、俺らが付けたいんです」

「いや、俺の意思無視スか」



そこへ、



「みんなで集まって何やってんの」



研磨さんが体育館に入ってきた。

先輩は俺らが未だ制服のままで固まって話しているのを不審がり、輪に近づいてくる。



「研磨はリエーフのあだ名、何がいいと思う?!」

「まだやってんのそれ…」



研磨さんは眉を少し下げ、さして興味無さそうに、



「リエーフはリエーフでしょ」



試合中もそっちの方が呼びやすいし。



「……………」



研磨さんの発言で、その場はなんとなく収まった様子を見せた。

この人の一声はたまに、不思議なほどあっさりとその場の空気を変えることがある。



「ギズモー!女バレの子たちが外で呼んでる」

「あっ、ごめん!…じゃあね、ばいばいっ」

「…!おっ、お元気でっ!」



海さんに呼ばれ、ギズモさんは俺らに小さく手を振ってその場を後にした。
猛虎さんは見送る時まで表情筋ゆるゆるだった。

女子はこれからランニング、男子は体育館で練習だ。



「おっしゃ俺らも始めんぞー」



黒尾さんの呼びかけで、他の部員たちもそれぞれに散っていく。

猛虎さんだけは何故か俺の肩をはたいていった。



(痛ー…、………ん?)



肩を軽くさすりながら、数回瞬きをした。

さっき出て行ったはずの方向から、ギズモさんが走って引き返してくるではないか。

目線の先は真っ直ぐに、俺に向かっている。



(どっ…どうしたんだ??)



彼女は目の前で立ち止まり、もう一度俺を見上げた。

息は上がっていないものの、僅かに上気した顔に心臓が跳ねる。


そして俺が口を開くよりも先に、



「…“リエーフ”って、何か意味とかあるの?」



意味…?
由来とか、そういうものだろうか。

俺は何だか拍子抜けした。
なぜ、今、そんなことを。わざわざ?



「…ロシア語で“獅子”って意味らしいっス」

「へぇー、ライオンかー!リエーフくん可愛いのにね」



可愛い…?
190cmを超える男子に、『可愛い』なんてとういうつもりなんだこの人。

やっぱりさっきのあだ名も、俺の事可愛いとか思ってたんだ。



「可愛くなんかないっス」



俺がまた不機嫌な顔になったのを見て、ギズモさんが慌てて「ご…ごめんっ、」と謝った。



「リエーフって、綺麗な名前だね」

「…!」

「って、伝えたかったの」



褒められたことがないわけじゃない。良い名前だって自他共に認めている。

…それなのに、



(何だこの嬉しい感じは)



顔が熱くなる。
何だ俺、さっきまでこの人にウンザリしてたはずなのに。



「さっきは気悪くしちゃってごめんね。そのことだけやっぱちゃんと謝ろうと思って…でも、ほんとに素敵な名前だと思ったから」

「…………」

「みんなもただ面白がってるわけじゃなくて、リエーフくんと距離を縮めようとしてるんじゃないかな。リエーフくんが可愛がられてるの、よくわかるし…
…って、こんな事私が言うべきでもないけど、」



少したじろいだような、照れ笑いの顔。
さっきは見えなかったギズモさんの顔。



「でも、研磨くんの言う通りリエーフくんはリエーフく…」

「あのっ…!」



気を悪くしてないと言ったら嘘になる。
けど、何か複雑だ。



「リエーフ、って呼んで下さい」

「え、でも…」

「ギズモさんは先輩だし、みんなもどうせそうやって呼ぶから」



こんな風に他人に強要するなんて、俺らしくないな。
リエーフくんでも別に構わないだろうに。



「り…リエーフ……」

「はい」



不思議だ。
ギズモさんが口にするその名前は確かに俺の名前で、みんなと同じ呼び方のはずなのに、どこか違うように感じる。

けどまぁ、思った通り悪くない。



「以後、お見知りおきを!」



俺はギズモさんに一礼して、背を向け走り出した。

身体中をまとう変な熱を、強引に振り切るように。


都立音駒高等学校1年5組、男子バレーボール部所属、
灰羽リエーフ。

我ながら良い名前だと自負しているつもりだ。




>>>>
リエーフリエーフ連呼しすぎました.
リエーフくん可愛いです.

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