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□目で殺す人
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「可愛くなりたいなぁ…」
思わず口をついて出た私の言葉に、一緒になって雑誌を眺めていた彼が、キョトンとした表情で顔を上げた。
「ギズモっちはそのままで充分可愛いじゃないスか」
「…やめてよそういうの、」
どうせ彼にはわからないことだ。
そんな整った顔で言われたって、お世辞を通り越して嫌味にすら聞こえる。
「何で不機嫌になっちゃうんスかー」
「涼太がからかってくるから」
「俺がいつギズモっちのことをからかったっていうんスか!」
「今でしょ!」
「…なんスかその手」
とはいっても、まだ彼に不慣れで、これが初めて言われた台詞なら、正直ドキッとしてしまうだろう。
もう少し可愛い返事も出来たかもしれない。
けれど、涼太の気質もわかってきた今では、私もそんな勘違いはなるべくしないように……
いや、そもそもしないけど!
それにしても、真顔でサラリと言えちゃうくらいには、やっぱり…というか余程、言い慣れているのだろうと思い、何となくドンヨリしてしまう。
「あっ、そういえばこの特集に…」
自分が専属モデルを務める雑誌を、ぺらぺらと捲っていく涼太。
彼は時々、私たちの知らない世界にいる。
例えば、今見ているこのファッション雑誌の中。
首に手をやり、少し斜めの角度からこちらに微笑みかけている。
同じ学校に通って、同じ教室で同じ景色を見て、今もこうして並んで座っていても、私も所詮、全国の不特定多数の読者の女の子たちと一緒なのだ。
近くて、遠い。
「……ーい……おーい、ギズモっちーー?」
「……!」
いつの間にか、顔の前で手を振られていた。
「ご…ごめん、ボーっとしてた」
「よかったー、俺本気で嫌われちゃったのかと思ったっスよー」
「あはは……。あ、ほら!この子可愛い!」
「ん?」
咄嗟に、同じページに載っているモデルの子を指差す。
彼女は確かに可愛くて、涼太と一緒に笑顔を浮かべている。
雑誌の中の2人は、さながら恋人同士のよう。
「私もこんな風になりたいなー…って、ねっ。思って…」
彼女のようになれたら。
性格まで卑屈になって、彼の褒め言葉をちっとも素直に受け取れない私でも、少しは自分に自信を持てるようになるだろうか。
そうしたら、私は───
「こうっスか?」
すると突然、涼太が私の肩に触れた。
かと思ったら、腕が回っていてそのままぐいっと抱き寄せられる。
「ちょっ…!何して…?!」
「こ、れ、」
トントン、と涼太の指が誌面をさす。
そこには、さっきのモデルの子と涼太が一緒に写っている写真。
モデルの子の細い肩は、涼太の白くて、でもちゃんと筋肉の付いた腕に後ろから抱かれていて、2人の身体は密着している。
今の私たちと、同じ格好。
「この子みたいになりたかったんでしょ?」
「そ…、そういう意味じゃ、なくて…」
「やっぱり俺、ギズモっちの方がずっと可愛いと思うんスけど」
「そんなわけ…!」
「そうやって赤くなって照れてる顔とか、他の誰にも見せたくねーくらい」
突然何を言い出すのか、この男は。
全然意味がわからない。
(何で、そんな顔するの)
その気に乗せられちゃ駄目だって、わかってるのに、身体の火照りが治まらない。
だって、こんな涼太知らない、
ズルい。
近づく顔に、指先が痺れる。
「俺のためだけに可愛くなって」
低い声音が耳の奥をくすぐり、黄金色の瞳が真っ直ぐ見つめるだけで言葉を塞き止められる。
こんな彼は、きっとどこのページを探してもいない。
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首痛めてる系男子代表.