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□怖いものなんて何も無かった
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真夜中の杜王町は昼間の賑やかさをどこかに隠してしまって、ひっそりとしている。
所々街頭が立っているけれども、その光は進むべき道を照らし出すにはいくらか足りなくて、街を覆う不気味な闇に呑まれていた。
「どーしたァー?」
無意識のうちに腕に力が入っていたらしい。裕也が少しだけ首を曲げてこっちを見やった。
「ううん…なんでもない」
少しだけ力を緩めると、そーか、とまた前に向き直った。
裕也は以前より優しく、というか丁寧に、運転するようになった気がする。
急に猛スピードを出すこともなくなったし、無理な車線変更や蛇行運転もめっきりしなくなった。
本人的にもあの事故はかなりこたえたみたいだ。
てっきりいつもの女の子たちに介抱されてウハウハだったんじゃないの、と言ったら、それは最初のうちだけだったらしい。
私が首を傾げれば、それ以上は何も言わなかった。
彼は少し変わった。運転だけじゃなくて、彼自身が。
「ねぇ、」
「何だよ」
「裕也はヘルメットしなくていいの?」
「はッ今更!俺の美しい顔が隠れちまったらお前も悲しいだろー?」
裕也が免許取りたての頃、早速バイクを買ったというので、見せてもらった。
ひたすらブオンブオンと唸られた後、
『ギズモも乗ってみろよ』
と誘われたけど、
『怖いから無理』
と即断った。
それからしばらく日にちが経って、裕也がピンクの小さなヘルメットを私に寄越してきた。
私は渋々後ろに同乗することになり、彼に指示されるままに腕を裕也の腰に回してお腹の前で組むと、前で小さく、痛てッ、と悲鳴が上がった。
そんなに力入れてないんだけど、と思ってよく見たら、珍しく彼の手が擦り傷だらけだった。
当時から荒削りな運転だったけど、それよりも前に裕也が身体の節々を痛めてくれたお陰で私は傷ひとつ負わずに済んだのだった。
こういう所は、本当変わってないなあ。
ナルシストで強がってばっかで、誰の前でもこんな調子。
ほんとむかつくやつ。