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□手のひらのしわとしわと合わせてしあわせ
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「きりーつ」



礼ーさよならーー

生徒たちは挨拶もそこそこに散り散りになって教室を出ていく。

今日は少しHRが長引いてしまった。
カバンをかけ、空いている後ろの戸から廊下に出ると、そこには今日も既に彼が居た。



「笠松先輩!」



声をかけると、向こうもこちらに気がついた様子で、もたれかかっていた壁から身体を離した。

傍まで駆け寄り、2人で並んで歩き出す。



「すいません、お待たせしてしまって」

「いいって別に、っていつも言ってんだろ?」



はい、とギズモが微笑むと、笠松も優しく微笑み返した。


ギズモと笠松は『お付き合い』をしている。今日のように、男バスの部活が無い日は一緒に帰るのが習慣になっている。



「先輩、今日の5時間目体育だったんですね」

「そーだけど…何で知ってんだ?」

「今窓側の席なので。グラウンドが見えるんです」

「あーなるほどな。…そうか、見られてたのか…」



笠松は少し照れくさそうに耳の後ろを掻いた。



「サッカーも上手いんですね!すごいです」

「べ、別に上手いって程じゃねーよ…あんなん、半分遊びみたいなモンだし」

「でもシュートも決まってたし…格好良かったです」

「さ、サンキュー…」



笠松は益々赤くなり、小さく呟いた。



ギズモと笠松は付き合い初めて2ヶ月になる。
その間喧嘩をしたことは一度もない。お互いに対して腹を立てたこともない。

笠松は歯が浮くような甘い言葉を囁かないし、派手なサプライズもしない。
むしろそのようなことは苦手ともいえる彼だが、歩いている時にはさりげなく自分が車道側に回ったり、廊下でも、ギズモが他の生徒とぶつからないように護ってくれる。

今日みたいに一緒に帰るのだって、いつも笠松がギズモのクラスまで迎えに来てくれるのだ。
男バスの練習が遅くなる日は一緒には帰れないが、代わりに電話をくれる。きっと練習で疲れているだろうのに。

何気ない言葉や行動から、大事にしてくれているのを感じる。
それで充分だった

…のだが。


最近、ギズモは笠松に対してひとつ思うことがあった。
別に不満というわけではないのだが、心配…、不安になること。


それは…、笠松が未だに手を繋いでくれないこと。
どれだけ一緒に並んで歩いていても、そんな素振りすら見せないのだ。

彼が女性を異常に苦手なことは付き合う前から知っていた。
告白したのだってギズモからだったし、だからこそOKしてくれた時は嬉しかった反面、とても驚いた。

とはいっても、付き合いたての頃の彼は一緒に居てもほとんど何も話さないし、話すといえば短い返事くらいで、座るときも歩くときも常に微妙な距離をとられていた。

当時から時間が合うときは一緒に帰っていたものの、終始無言で、しかも何となく早足だった。

流石に少しショックはあったが、ギズモはめげずに話しかけ続けた。
初デートにも誘った。

お陰で(時間が経って関係にも慣れてきたということもあって)、一緒に居る時の口数が少しずつ増えてきた。

よく笑顔を見せてくれるようにもなったし、ついに下の名前で呼んでくれるようになった。(私には呼ばせてくれないけど…これだけは恥ずかしくて耐えられないらしくて)


そうした経過からすれば、今こうして他愛のない話をしながら一緒に並んで帰れていることは、本当にすごい成長なのだ。

それはよくわかっている。
でも、いくらなんでも2ヶ月も経って手も繋いでいないなんて、少し、いやかなり問題ではないか。

手も繋いでいないということは、それ以上のことも…未経験、というわけで。


こっちから好きになったからには彼のペースに付いていきたいとは思うが、付き合っているからにはそういうこともしてみたい!


私がガツガツし過ぎなのかな…



「ギズモ?」

「へっ!?え、あ…何か言いました?」

「いや…お前ずっと黙ったまんまだったからよ…どうかしたのか?」

「な、なんでもないです!ちょっと考え事してて…」

「…悩んでることとかあんなら俺に言えよ?」

「はい…」



これは話すタイミングだったんじゃ…?
…でも、そう簡単には言えないよ…ましてや本人には……


結局この日も私たちは手を繋ぐことなく、日が暮れる前に別れた。
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