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□遮るものは無くなった
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あ、ちょっと左にずれた。
今度は右が。左が、右が。
「……やってしまった」
いつの間やら、洗面所の流しには多量の切れ切れとした髪の毛が散っている。
見慣れた黒い境界線は、眉毛上2.5cmのところにあった。
おでこがスースーする。いつもあるべきところに“それ”がないというのは、ひどく落ち着かない。
憂鬱な気分で登校すると、早速下駄箱でクラスメートに出くわしてしまった。
「おはよーっす」
「あ…おはよ…」
「何だよ、元気ねーな」
向日岳人は怪訝そうな顔で上履きをつま先で引っかけた。
「でこ押さえて…気分でもわりぃのか?」
岳人はさらに疑いの色を濃くして、ギズモの顔をのぞき込んできた。
岳人の手がギズモのおでこに触れようとした時、
「だっ、大丈夫だから!なんでもないから!!」
すっかり量が減ってしまった前髪を必死に押さえつけながら、一目散に逃げた。
こんなの知り合いに見られたらおしまいだ!
授業中も休むことなく前髪を押さえ続ける。
「熱でもあんのかー?保健室行けよー」
「いえ、大丈夫です」
先生は今朝の岳人と同じような顔をして、再び黒板に向き直った。