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□ボーダーライン
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壁に掛けた時計の3本の針は5時17分40秒あたりをさしている。
おやつを食べるにはタイミングを逃してしまって、夕飯にはまだ少し早い気がする。
目の前で机に上半身を寝そべらせているオサムも同じみたいだった。
(寝ようかな…)
ギズモは暇つぶしに広げていた雑誌を閉じ、そのまま床に寝転がろうとした。
するとその時、オサムがゴソゴソと動き出し、自分のジーパンのポケットの中身をまさぐり始めたのが見えた。
後ろのポケットにも手を入れた後、少し面倒臭そうに身体を起こして部屋から出て行った。
こういう落ち着きがない時の彼を、ギズモはよく知っている。
今、全てを差し置いて彼の脳内を占めているものは、1つだけ。
少しして、オサムが部屋に戻ってきた。思った通り、手には箱が歪にへこんだタバコと残量の少ない安物のライター。
「うー、寒いなー」
バルコニーに出たオサムが、思わず肩をすぼめた。
暖房が効いた室内にも冷たい外気が切り込んでくる。
早く閉めてくれと背中に訴えていたら、ガラス張りの戸がゆっくりと閉まった。
少し体が縮こまってから、白く曇った細い煙が上がった。
外はもうすっかり日が沈んでいるけれど、下の方にはまだ少し明かりが残っている。
ここは丁度夕方と夜が混ざり合う場所。
彼もまた、吸い込まれるように見えなくなる、あのか細い煙と一緒になってしまいそうだった。
それを見ていたら何故だかこっちが締め出されたような気分になって、たまらず身体を起こした。
「わ、どしたん」
突如戸が開いて出てきたギズモに、オサムは少し意外そうな顔をした。
ギズモのスペースを作るように立ち位置をずらす。
「や…なんかちょっとさびしくて」
「何やそれ、珍し」
オサムは少し嬉しそうに笑って、タバコの先をギズモとは反対方向に向けた。
風向きで、煙は隣の部屋のバルコニーに流れる。
オサムが、タバコをもう一度深く吸って、ゆっくり口から吐き出した。
薄い白濁が、月も星も出てきた空に溶けてのぼりきらないうちに消えていく。
隣のギズモも、鼻からツンとした空気ごと吸った。
そうしたら勢いよく吸いすぎてむせそうになって、急いでハー、と吐き出す。白い息が形なく出るばかりだった。
「ハッ、ヘッタクソやなあ」
「うっさい」
だって私はまだ未成年で、タバコなんて吸ったことも吐いたこともない。
お酒も車もセックスも、なーんにも知らない未熟なこども。そして、それらに純粋な憧れをみる少女。
「そのうちすぐに立派な大人になってやるんだから」
「1人じゃ大人になられへんで」
「オサムちゃんがしてくれるでしょ?」
「どうやろなぁ」
短くなったタバコから、灰がポロリと落ちて細長い指にかかった。
あ、汚い。
そう思った瞬間には、既にギズモの視界はオサムに覆われていた。
ざらりとした薄い舌が虫歯1つ無い歯列をなぞり、ピンクのギズモのを絡め取る。
「…んっ………」
唇の隙間から、どちらのとも分からない白い吐息が漏れる。
口の中はほろ苦いけれど不快じゃない。
むしろ口いっぱいに広がるオトナの彼の味に、一種の快楽すらおぼえてしまう私は、本当にこども?それとも少女?
「こんなんにはしたるけど」
やがて空を闇が覆い尽くせば、私たちは長い夜の始まりに立つ。
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私史上初めて書いたもの …