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□発情期のサルみたいな
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放課後、屋上に向かった万斉は扉を開けて思わずギョッとした。

そこに居たのは頭からバケツを被って何やら怪しい声を上げている女子生徒。


良く見れば、彼女は彼の知り合いだった。



「こんな所で何をしている、ギズモ殿」

「あ、その声は万斉!」



彼女──ギズモはバケツを被ったままの頭を、声のする方へ向けた。



「歌の練習中。来週テストだからさ!」

「そうでござったか…」



まさかさっきの調子が歌だとは思わなかった。

正直……、ギズモの歌唱力がお世辞でも褒められたものではないことを万斉は知っていた。

彼だけでなく、皆もよく知っていた。



「喉の調子いいかも、うん!」



知らないのは彼女自身だけであった。


しかし、ギズモは誰よりも歌うことが好きで、その事も万斉はよく知っている。
歌っている時の顔は本当に楽しそうなのだ。

ギズモを傷つけてまで彼女の楽しみを奪うことは、今の彼には到底出来ずにいた。

それに、



「……万斉?」

「…ん、何でもないでござるよ」



純粋に楽しんでいる彼女を止める必要がどこにある。



「あー、でも緊張する」



バケツを取り、その場に座り込むギズモの隣に万斉も腰を下ろした。



「いつものように楽しんで歌えば良いござる」

「万斉はいつもそう言ってくれるよね」



いつものようなギズモの声に、少し元気がない気がした。



「…あのさ、ききたいことがあるんだけど」

「どうした?」



ギズモは膝を抱えた腕に少し力を入れた後、



「わたし……音痴なのかなあ」



初めてのギズモの自信なさげな言葉に、万斉は思わず言葉を失った。

今まで彼女は自分の歌唱力を気にしたことなどなかったのだ。
それゆえ、技能にとらわれず歌を楽しめることに、万斉はどこか安心していた。



(なぜ。誰が)



ただ、今ギズモの瞳が揺れているのがわかって、万斉の中で必死に保っていた何かが、グラリと均衡を崩そうとするのを感じた。



「き、気遣わなくていいよ。むしろはっきり言ってくれた方がわかりやすいっていうか!」

「……誰かに言われたでござるか」



いつもと違う低い声音での問いに、ギズモは少し戸惑いながらもゆっくりと頷いた。



「……………」



そして、万斉がその先の答えまでを無言で要求しているのを感じ取った。



「……た…、高杉くんに…」



直後、万斉は深く溜め息をついて額を押さえた。

たしか今日は退屈凌ぎに久しぶりに授業に出たと言っていた。
おおかた白髪の担任をひやかしに行ったのかと思っていたが、音楽の授業だったとは。



「で、でも音痴は治るって!」

「ギズモ殿、それは…」

「今日の放課後、旧楽器倉庫に来れば俺がいい声でなけるようにしてやる、って言ってくれたし」



だから大丈夫 !とグーサインをするギズモ。



「…!」



放課後、旧楽器倉庫、高杉晋助。
何も大丈夫じゃない。

万斉は思わず目眩がした。



「私、頑張って練習するから!だから…テストのときは、万斉も授業に来てね」



はにかみながらそう告げたギズモがスカートの裾を軽く直して立ち上がる。

そのまま背を翻して屋上から出て行こうとした彼女の手を、万斉は素早く掴んだ。



「その練習、拙者に任せてはくれぬか」

「え…!?でも高杉くんが待っ…」

「構わぬ」



掴んだ手首ごとギズモの体を強引に引き寄せる。

膝をついた彼女に、傍にあったバケツがあたり、それはガコンッ、ゴロゴロゴロ…と地面を転がっていった。



「……ば…!万斉、あのこれはいったい…」



結果的に万斉がギズモを抱きしめる形になり、ギズモの顔は万斉の胸にぴったりとくっついている。



「ただの嫉妬でござる」



いつも通りの声音でそう答えたものの、背中に回した手のひらが柄にも無く熱い。




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中学の時、クラスみんなでバケツ被って合唱練習したことを思い出しました. かなりシュールな光景でした.

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