虹色の日々
□空色
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潤くん達が、先生と話をしに行った次の日から、病棟で、あの看護師さんの顔を見なくなった。
新しく担当になった看護師さんが言うには、もうすぐ系列の別の病院に移動になるので、準備の為に休んでいるとのことだった。
もう大丈夫だとは思うのに、気持ちは晴れなくて、あれこれしてくれる看護師さんに不安になる。
なにかされてる訳ではないから、何も言えなくて、自分もどうしたら良いのかわからない。
段々、怖くなってきて、ノックされると身体がビクッとする。
ドアが開くと確かめずにいられない。
いろいろな音に過剰に反応してしまって、眠りが浅いみたいで、巡回にくる足音にも目が覚める。
ただでさえ少ない食欲が益々落ちて、調子が悪い日がふえている。
先生も何が原因なのかわからないらしく、対処療法するしかないらしい。
お母さんもお兄ちゃんも、潤くんも忙しい中、顔を見せに来てくれるけど、どうしたら良いのかわからないみたい。
ある日の夜、潤くんが来てくれた。
ドアが開いた音で目が覚めた。
「潤くん、おかえりなさい。」
「また、起きてるの?」
「よく眠れないの。音がすると…目が覚めるの。薬を飲むと調子悪くなるから…」
潤くんが枕元に来てくれて、そっと頬を撫でたり、髪を梳いてくれる。
「どうしたの?なにかあったの?俺じゃ力になれない?」
潤くんの優しい瞳に、涙が溢れ出す。
両手を潤くんに伸ばす。
潤くんの大きな手がしっかり捕まえてくれる。
そっと抱き起こしてくれて、ギュッと抱きしめてくれる。
「怖いの…看護師さんが…怖くて…
。なにもされてないのに…怖いなんて…。
よくしてくれるのよ?でもね?怖くないはず…わかってるのに…止められないの。」
涙と一緒に、溜まっていた気持ちが溢れ出す。
その間、潤くんは黙ったまま、温かい手で、背中をゆっくり擦ってくれた。
「ごめんね。こんなの、私のわがままだよね。」
「違うよ。わがままなんかじゃない。沙織は悪くない。
ごめんな。気づいてやれなくて。そっか。辛かったなぁ。大丈夫だからな。
俺が何とかする。おばちゃんや達兄ぃとも相談する。できるだけ早く何とかするからな。」
そっと離れて、潤くんの顔をちゃんと見る。
変わらない優しい瞳で私を見てくれていることに安心する。
「潤くん、ごめんね。」
「沙織は悪くない。
沙織が悪いことなんて何もないよ。
話してくれて、ありがとな。あれから、毎日怖かったの?」
「はじめは不安なだけだったの。担当になった看護師さんもいい人だよ。
でも、段々怖くなってきたの。話し声とか、足音とか、どんどん怖くなって…」
思い出すだけで身体が震え始めると、潤くんがすぐにギュッと抱きしめてくれる。
「もういい。話さなくていいよ。大丈夫。大丈夫だからな。」
潤くんの声に不安が溶けて、身体が重くなってくる。
「潤くん、明日もお仕事でしょ?もう帰らなきゃ。」
潤くんの背中に回していた手を弛めて、寂しい気持ちを隠して、精一杯の笑顔で潤くんを送り出そうとしてみる。
見上げた潤くんの顔は、なんだか悲しそうで。
「どうかしたの?」
「そんなに悲しい顔した沙織を置いて帰れないよ。」
「そんなことないよ?私、頑張れるよ。」
「頑張らなくていいんだよ。もっとわがまま言っていいんだ。沙織が思ってること、言ってごらん?」
「でも…」
「いいから。言って?言わないと…」
「言わないと?」
「ドアを開けっ放しでイチャイチャするぞ。」
「え?!」
「見られるぞ?いろんな人に。」
「ダメ!絶対、ダメ!どこからどんな話が出るかわからないんだから。」
「じゃあ、言って?」
「…いて。」
「聞こえない。ちゃんと言って。」
「帰らないで。一緒にいて?」
「いいよ。明日の昼まで居られるから、それまでずっと一緒にいるよ。」
「潤くん…」
「ほら、横になって。眠るまでここにいる。」
「寝るまで?」
「起きた時もいるから(笑)」
「ホントにいてくれる?」
「じゃあ、沙織が眠るまで、横で一緒に寝て、腕枕してあげる。おいで?」
潤くんが私のベッドの隅に入ってきた。
枕の下に腕を伸ばして、ポンポンと腕を叩く。
ゆっくり腕に頭を乗せると、抱きかかえるように胸元に引き寄せられた。
「狭くない?」
「平気だよ。狭いほうが沙織とくっついていられるし(笑)」
「潤くん、あったかいね。」
「そうか?沙織のがあったかいよ。」
潤くんが背中をゆっくりポンポンとしてくれてたら、久しぶりに楽しい気持ちになってきた。
潤くんの顔を見て笑ったら、潤くんもニコニコ笑ってくれて、気がついたら朝になっていた。