虹色の日々

□はちみつ色
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桜の蕾はまだ固くて、海沿いのデッキに吹く風に春の匂いはしない。

着ているのは薄い夏服で、身体の芯まですっかり冷え切って、震えが止まらなくなった頃、仕事が終わった。

家に着いて、すぐにお風呂に入って、ゆっくり温まった。

お気に入りの部屋着を着て、定位置に座って、テレビをつけた。

テレビの中では、嵐さん達がいた。


「潤くん、笑いの沸点、低すぎでしょ。」

「え?私もただいまって言うよ?行ってきますも言うよ?ダメ?」


一人暮らしを始めてから、独り言が増えた気がする。

ちょっと寂しいんだもん。

ちょっと寒気がする。風邪ひいたかな。

薬を飲んで寝てしまおうと、立ち上がったら、フッ、と視界が暗くなって、ソファに逆戻りしてしまった。


「あー、気持ち悪い。食欲もないなぁ。食べるもの、なんかあったかな。」

ゴソゴソ探すと、緊急用のエネルギーチャージゼリーを発見。

一口二口飲み込んでから、水で薬を流し込む。

鞄からスマホと小さな袋を取り出して、ベッドに潜り込んだ。

枕元のうさぎのぬいぐるみに袋を縛り、ギュッと抱きしめる。


「おやすみなさい。あ、私も言ってるわ。」


一人でクスクス笑って、目を閉じた。




「おにいちゃん、待って〜!ももたん、こわい〜」


怖くて、泣いていると、横から手をつないでくれた。


「俺がいるだろ。泣くなって。」

「じゅんくん。だって、ももたん、見てるよ。こわいよ。」

「大丈夫だ。俺が守ってやるから。ほら、後ろに隠れろ。」


潤くんのシャツをギュッと掴んで、背中にひっついた。


「よし!行くぞ。」


二人でカニみたいに横歩きで進む。


「まだ?まだ?」

「もう、大丈夫だ。見てないから。もう、まだ泣いてんのか。大丈夫だから泣くなって。」


シャツの袖でゴシゴシと顔を拭いてくれる。

「達ちゃんが待ってるから、行くぞ。」

「うん!」


差し出された潤くんの手をギュッと握って、一緒に走った。


鳴り続ける目覚まし時計の音で途切れた夢は、子どもの頃の幸せな思い出。

ちょっと楽しい気分で起き上がると、やっぱり視界がユラユラと歪んだ。


「あー、気持ち悪い。」


しばらく目を閉じていたら、どうにか治まって、ゆっくり支度をする。


「行ってきます!」


いつも通りに家を出て、マンションの出入口に出ると、朝焼けの空に、はちみつ色の太陽の光。

大きく深呼吸して、太陽のパワーを吸い込む。


「よし!今日も頑張ろう!」


気合いを入れて、駅に向かって歩き出した。


あまり調子良くないからか、久しぶりに電車に酔ったみたい。

ゆっくり歩いて、今日の撮影場所に向かう。

本当にスタジオ撮影でよかった。


「おはようございます。沙織です。よろしくお願いします。」


控え室には、仲間の悠花ちゃんがいた。


「あ!沙織。おはよー。今日
もよろしくね。ねぇ、顔色悪いけど、大丈夫?」

「ちょっと電車で酔ったみたい。すぐに落ち着くから、大丈夫大丈夫。」


用意された衣装を着て、ヘアメイクも済ませて、出番を待っている時にも、なかなか気分がよくならない。

どうにも気持ち悪くて、トイレに走った。

開いていた個室に飛び込んですぐに、こみ上げるものを吐き出した。

ろくに食べてないから、吐くものもないけど、吐き気が遠ざかってから個室を出た瞬間、クラクラと視界が揺れた。

なんとか口をゆすいで、必死に外へ出たところで地面が揺れて、視界が暗くなった。


「うわっ!ちょっと!!大丈夫?!ちょっと来て!」


誰かに掴まれて、周りがバタバタしたような気がしたけれど、すぐに何も聞こえなくなった。
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