Novel

□星降る夜に
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ああ、こんなにも。

もう暗くなった空の下でルーシィは目を閉じて、目の前にあった大木に手を合わせた。

命は儚い。

すでに葉が枯れ落ちた、枝のみの大木を視界に映すため、ルーシィは目を開いた。途端に現れる、やっぱり枝のみしかない淋しい大木。
じわりと涙が浮かび、あともう少しで目の縁から溢れだしそうだった時。後ろから声が掛けられた。

「ここにいたのか」

背中で聞いた声の主に気付かれないよう、そっと涙を拭ってから振り返る。予想通り、そこにはナツの姿があった。

「……ナツ」

何を話していいのか、どんな態度をすればいいのか分からない。咄嗟に溢れた言葉はただナツの名前だけだった。

「家行ったらルーシィ居ねえし」

カサカサと枝が揺れる。そんな淋し気な音を聞いたせいか、少しだけナツの声が寂しそうなそんな気がした。

場所が悪い。
ここでは何を聞いても寂しく感じてしまう。

「場所、変えない?」

今日あまり浮かべてなかった笑顔も、ナツのおかげで思い切り浮かべることが出来た。なんとなくだが、ナツには人を笑顔にさせる力があるのではないかとルーシィは改めて身に感じた。

「……おう」

状況をよく理解していない、短い返事を聞いてルーシィは歩み始めた。一歩一歩と大木から遠ざかる。

「あ!」

夜空を見上げてナツが指を指す。反射的にルーシィも空を見上げたが、そこには何もなかった。

「何かあったの?」
「流れ星だ!今よお、こうキラーって……あ、まただ!」


流れ星の位置を指すナツの指の先を何度見ても見上げた頃には星が浮かぶ空しか見えない。星が流れるその瞬間を視界に納めることが出来ない。それが無性に悔しくて顔を空に向けたまま、停止する。ルーシィは星が流れるのを待った。


どのくらい待っただろうか。長い時間待ったような感覚がルーシィを襲う。それは時計を見ればほんの数分なのかもしれないが、ここには残念なことに時計はない。時間は分からない。

いくつもの星がそこにあるのに、それらの星は流れることのない星。そのいくつもの星よりも見たい、一瞬の流れ星を見ることはもう困難だと感じた。諦めたルーシィはナツに向き返った。

「……帰ろっか」
「いんや、まだだ」

ナツは待ってろ、と手のみをルーシィに向けた。それを見て、もう少しだけ待ってみようという気になる。結局は諦めきれていないのだ。

もう少しもう少し。そうすればいつか現れる。
そんな期待をしてルーシィの視線がナツから空に戻った、そんな時だった。


きらん、と確かに星が空を駆けた。それは光の残像を残して消えていく。本当にほんの一瞬だけの光景を目の当たりにして、あ、と息を漏らす。

流れ星だ。そう口にしたくても出来ない。沸き上がる思いが喉を塞いでいるような、そんな感覚。

「ほらな!流れただろ」

こどものような無邪気な笑みを浮かべて振り返るナツ。その笑顔がルーシィによって消される。

「どうした?ルーシィ」

すでに笑みが消えた顔をルーシィに向け、立ち尽くしているナツ。先程まで星を指していた指がまっすぐに伸びていく。それはルーシィの頬を捕らえる。

「なんで泣いてんだ」

親指でぐっと強く目もとを擦られ、ルーシィは初めて自分が泣いていたことを知った。
涙で濡れた指が離れる。

「あ、れ……」

あはは、と笑おうとしても声が続かない。途端に涙がじわりと溢れだし、ぽろぽろと流れ落ちる。喉にあった思いが溢れだしたのに、苦しくて仕方がない。涙が嗚咽をしてしまうほどに、激しく溢れ始める。

「ナツ……」

怖かったと、そう感じたのだ。一瞬の奇跡のような流れ星さえもが、死を表しているようで。

恐怖。当たり前にある日常が消える、恐怖。

「怖いよ、ナツ」

助けて、と声に出来ない悲鳴をあげて手を伸ばす。すぐにそれは掴まれ、腕の中まで引き込まれる。すっぽりと収まった腕の安心感の中でルーシィは溢れ出す涙を止められずにいた。


背中に温度を感じる。ナツの手がぽんぽんとルーシィの背中を叩く。星を指したり、涙を拭ったり、背中を擦ったり。何役もの役をこなすその手に支えられてルーシィはまた涙を溢した。


星降る夜に【完】
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