*キリリク小説*

□またひとつ、あまい記念日。
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聡がドーナツ屋に行きたいと言いだしたときは、どうしたものかと思った。



けれど、オフィス街のど真ん中の店舗、しかも夜8時過ぎとなると、客も残業帰りと思しきサラリーマンがポツリポツリと座っているくらいで、居心地はそう悪くない。



しかし、聡にオーダーを任せたのは失敗だった。


金を渡すとき、俺はコーヒーだけでいいと言ったはずなのに、にこにこ顔の聡が運んできたトレーには、何やらゴテゴテ飾り付けられたものがしっかり二つ載っていた。



「風磨くん、先に選んで下さい」



「……じゃあこっち」



仕方なく、どちらかと言えばシンプルな方をつまみ上げる。


まぁ、それすらもホワイトチョコが掛かってる上に、クマの顔が描いてあるんだけど。


こんなのを食ってるところを写真にでも撮られたら、聡と付き合ってるのがバレるよりよっぽど恥ずかしい。
顔の部分からガブッといって、早々に普通のドーナツにしてやった。


聡はといえば、俺のものより数倍メルヘンチックなピンク色のドーナツをコーヒーと並べて、いそいそと写真撮影をしていた。


「超可愛い。俺、この写メ待ち受けにしよう」


そう言って、屈託なく笑う。


「いただきまーす」


嬉しそうにドーナツを頬張る聡の顔は、このままCMにでも使えそうなくらい可愛い。


「うまい?」


「超うまい。しあわせ」


「そりゃ良かった」


とろけそうな笑顔の聡。

俺としても、この顔が見られるのなら、少しばかりこっぱずかしいのは我慢できる。










コーヒーを飲みながら聡の食べる様子を眺めていると、突然ふくらはぎを両足で挟まれた。


「こら」


「大丈夫ですよ。テーブルの下、通路から死角でしたから」


目ざといと言うか、なんと言うか……。


隣ではなく向かいに座った時点で、ある程度予測はしていたが。


ドーナツを両手で持って食べる姿は小動物のようなのに、絡みつく足の動きが妙にエロい。


すぐ近くで店員がテーブルを拭いて回っているから、どうにも落ち着かなかった。











広い店内に客の姿が見あたらなくなり、聡の乗る新幹線の時間が迫ってきた。


「ねぇ、風磨くん」


「ん?」


「今日のこれって、デートですよね?」



そう言われて、聡と二人で約束して会うということを、今まで一度もしたことがないと思いあたった。


今日だってレッスンの帰りがけだから、
デートの定義に当てはまるのかは微妙なところだろう。


けれど、


「そうだな、デート以外の何物でもないな」


俺の答えに、聡が嬉しそうに笑う。


まだ絡みついたままの足に、ギュッと力が込められる。


ゴツい男の足なんか触って何が楽しいのかと思うけど、考えてみれば俺も痩せた子供の足にじゃれつかれて嬉しいから、似たようなものか。



そうか。


聡はドーナツが食いたかったわけじゃなくて、デートがしたかったのか。



「またこういうとこに来たい」


「空いてるとこならな」


「今度は『ほっぺに付いてるぞー』ってやりましょう」


「絶対やらない」


「けちー…」


「ほら、離せって。新幹線出ちゃうぞ」


空のトレーを持って歩き出そうとすると、聡も慌てて立ち上がった。








外は寒いし、駅に着くまでなら手くらい繋いで行ってやろう。




だって、恋人同士なんだから。












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