短編
□甘く染まる心
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〜IS00〜
「バレンタイン……?何だそれは」
「………………え?」
二月になり、女子の心も男子の心も非常に落ち着かなくなる日──バレンタインデー。
その当日に、刹那はこんな爆弾を朝飯と共に投下した。
「「「えええええーっ!!!?」」」
「………いや、何か分からないから言ったのだが……問題が?」
「大有りだよ刹那!」
珍しく声を荒げたのはシャルロット。
刹那は現在、一夏、セシリア、シャルロットと食卓に並んでいる。箒とラウラは姿を見せておらず、いつもいるグラハムもそこにいないのだ。刹那は道場で朝練だろうか、と考えていた。
「ISが出来て早十年、世界中に日本の文化が流れ、その中でも女性が一番盛り上がったのがこのバレンタインだよ!?宗教的問題が無い国なら必ず実施している一大イベントなのに!知らないの?」
「戦術予報士から【今日はチョコレート企業の陰謀が渦巻く日だから、静かにしてなさい】と言われて───」
「ありえないでしょ!」
一夏だけはあながち間違ってないなと思っているのだが、いやに力説しているシャルロットの前でそんな事は言えなかった。
「良い!?バレンタインデーって言うのはね!?女の子が……す、好きな男の子にチョコレートをプレゼントして気持ちを伝える日なの!一部友チョコとか義理チョコを除いて、女の子が贈るチョコは間違いなく脈ありなんだよ!」
「………?恋愛感情はよく分からないが、なぜそれでチョコレートをプレゼントする事になる?」
「だ、だから!言葉で言い辛いから代わりにチョコを渡す事で分かりやすくしてるんだよ!」
「ふむ、やはりチョコレート企業の陰謀か。戦術予報士はやはり当てになる」
「聞いてるの!?ねぇ聞いてるの!?」
「まあシャル、刹那に何言ったって無駄だから。な?」
「そうですわよ、シャルロットさん。刹那さんはこういうイベントがきっと苦手なんでしょうから」
一人勝手に納得している刹那をよそに、一夏とセシリアは傷心のシャルロットを慰める。
「一夏ー!おっはよー!」
「ん?おお、鈴!おはよう!」
そこへ鈴もやってきて、一夏側はいつもの面々が揃ったことになる。
「……あれ?箒とかはどうしたのよ?」
「恐らくは朝練……だと思うのだが、流石に遅い。何をしているのか」
「ああー……ま、あんたは知らなくて良いと思うわよ、刹那」
鈴のそんな言葉に刹那はますます頭に?を浮かべる。
しかし、この時五人は気付かなかった。
刹那を凝視する四つの視線に──
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「刹那君、はいこれ!」
「あ、ちょっと!抜け駆けしないでよ清香!私も!」
「せっつ〜ん。チョコレート無い〜?」
「無い」
教室に入った途端、クラスの女子の半数程がチョコレート片手に迫ってくる。尤も、険しい表情ではないので、シャルロットの言っていたバレンタインデーとやらだろう。本当にスメラギの言うことは良く当たる。チョコレート企業の陰謀とやらは。
「一夏くん、おはよ!これ、貰ってくれないかな?」
「私のはビターだよ!あ、苦すぎたら予備があるからね?」
「私のは抹茶!ねぇ、どれが一番良い?」
「え、えーっと……」
残る半数の女子は一夏の所へ。セシリアやシャルロットの眉が時折ピクリと動いているが、怒ることなのだろうか?
「騒ぐなお前達!何時までもチョコ配りをしていると全て没収になるぞ!」
と、ここへ千冬がやってきた。鬼教官で有名な千冬だが、今回は没収だけで幾分優しい。彼女もチョコレート企業の陰謀に……?
箒やラウラはいつの間にか着席していた。女子の集団をすり抜けていったのだろうか。
「では、SHRを始める。山田先生」
「はい。では皆さん、起立!」
山田教諭の声で考察を遮られた。後で原因を聞くとしよう。
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「(流石に朝一番には渡せなかったが、まあ仕方がない。こうなると渡すタイミングは各休み時間だ)」
ラウラは尊敬する千冬の授業中であるにも関わらず、視界も聴覚もその話と書き込まれる内容を写してはいない。そもそも、彼女にしては珍しくペン回しをしていたのだ。
その理由はただ一つ──刹那・F・セイエイにチョコレートを渡すことである。
「(シャルロットが良いタイミングで説明をしてくれたな……少し勘違いをしてはいるようだが、私の前ではその程度大した事ではない。……問題は、あのアメリカ代表と───)」
どんな大胆な行動をしてやろうかと考えてから、ラウラは視線を刹那からやや左に移す。そこには、
「(朝シャルロットの説明を受けたのにあれか………やはり刹那に渡すのは難しいか?と言うより、まず渡して私の気持ちが気付かれるのか……?)」
篠ノ之箒。このIS学園で誰より長く刹那を想い続けている彼の幼馴染みである。
ラウラに取っては良い友人であり───最大のライバルでもあった。
「(箒より先に渡す事はさして重要ではない。問題はあいつよりインパクトのあるアタックをする事。それが必勝法だ!)」
グッと手を握りしめやる気を露わにするラウラ。
「(刹那は受け取っても勘違いのままかもしれない……ああっ、どんな風に渡せば良い!?また告白しなければ………いいいいや無理だ!こんな時に!こんな人目が多いところで!)」
もどかしさと恥ずかしさから頬を赤く染め上げ、小さく頭を振る箒。
二人共バレンタインの事が頭から離れなくて、自分の現状を忘れている。それでも、自分の好きな人に振り向いて欲しい一心が考えを巡らせていた。
──尤も、現状を理解していないのであれば意味はないのだが。
バゴンッ!
「「っつう!!?」」
「貴様等、授業に集中しろ!特にボーデヴィッヒ!貴様五回も呼ばれているのに生返事もしないとは何をしている!?」
「きょ、教官……!」
「織斑先生だ、阿呆」
今授業をしているのは織斑千冬。鬼教官こと織斑千冬だ。彼女の授業をサボるなど危険極まりない。その結果が出席簿アタック&チョーク投擲である。
「まだ同じ事をするようなら、今度はグラウンド三十周か懲罰部屋行きから選択させてやる、ありがたく思え」
「は、はい……」
やっぱりこの人には気をつけよう。そう思い直した二人であった。