喰えない子

□へべれけさん
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本日の業務プラス残業も終わり、夕刻。
買い物帰りでぱんぱんになったレジ袋をさげ、帰路を急ぐ。
彼はもう、来ているのだろうか。


「…ただいまぁー」


一人暮らしの自宅に戻り、念のため声をかけた。
返事はない、代わりに部屋の奥から物音が聞こえた。
テレビがついているのか、なにやら笑い声が聞こえる。バラエティーだろうか。
薄暗い廊下を歩く。リビングからは明かりが漏れていた。


「おや、お帰りなさいませ。ハニー☆」

「メフィストさん。もう来てたの?って、うわ…」


テレビの前には浴衣姿の彼、メフィストがいた。
テーブルの脇には数本の一升瓶が転がっている。
一目でわかることだが、すでにかなりの量を飲んでいるらしい。
彼は珍しく、頬を紅色に染めていた。

まぁしかし、彼がこれだけの量を飲んだとしても、せいぜいほろ酔い程度だろうか。
普段は酔うまで飲まないくせに…、ほんとうに珍しい。


「華ー?お腹が好きましたぁ☆」


体は正面を向いたままで顔だけを私の方へ向け、甘えた声で子供のようなことをいう。
そんな彼は自分の何十倍、いや、何百倍もの年齢なのだが。
それでも可愛く思えてしまう私は重症だろうか。


「えー…、お風呂入りたいんだけどな。先にお酒のあてだけ作ろうか?」

「お願いします☆」


…いつもなら「ご一緒します!」だとかいうくせに。
彼はほろ酔い気分で上機嫌に、普段は面白くないといって見もしないバラエティ番組を眺めていた。

私はキッチンに立ち、適当に酒のあてになりそうなものを作った。
リビングに戻ると、メフィストはテレビのチャンネルをぱちぱちと変えていた。バラエティはもう飽きたのか。
どうぞ、と作った品をテーブルに置いてやると、メフィストはリモコンを置いて嬉しそうに箸をつけ始めた。

さぁ、今のうちにお風呂に入ってしまおう。



*



「……ふうー…。」


湯船に肩まで浸かると疲れが流れ出ていくような気がした。
仕事終わりに入るお風呂はまた気持ちがいいのだ。


「はぁ〜…、極楽ごくら、」


不意に言葉を止めた。何か視線を感じる。
斜め上を見上げると、メフィストの使い魔であるピンクの蝙蝠が逆さまにぶら下がって、こちらをみつめていた。
蝙蝠が見つめてくるだけなら単に居心地が悪いというだけで済むのだが、なにか嫌な予感がする。


「…えいっ。」


蝙蝠に向かって手桶を投げてみた。見事に顔面に直撃。
だが蝙蝠は微動だにしない。依然として私を見つめている。


「…とうっ。」


今度はせっけんを投げてみた。これも見事にぶち当たる。
だがやはり微動だにしない。こちらを見つめるのもかわりない。


「……、」



私は浴槽を出て、蝙蝠の足を鷲掴みにした。
蝙蝠は何とか抜け出そうとじたばたともがくが、容赦はしない。
体にタオルを巻いて、床が濡れるのも気にせず、リビングに向かった。


「ちょっと、メフィストさん!!!」

「ふぁい?なんでしょう☆」


私は手に掴んだ蝙蝠を、箸を咥えたままのメフィストの目前に突きつけた。
メフィストの背後にあるテレビには、彼の間抜け面がどあっぷで写し出された。


「……どういうこと、これ。」

「どうって、見学していました☆」

「使い魔つかって馬鹿なことしないのっ!!」


いつのまにか傘に戻っていた蝙蝠で、メフィストの頭をしばいた。
蝙蝠が私を見つめていたのは、その視覚を通してテレビ画面に映像を写すためだった。
要するに、手の込んだ覗き行為。
…悪い予感ほど当たるものだ。


「すみません、心配だったもので☆あ、華は身体を先に洗う派なんですね」

「なんの心配!?意味わかんないし!」


たぶん、メフィストはテレビに飽きたもんだから、こんなことを思い付いたのだろう。
アホなことを考えたもんだ…。


「ところで華、そんなはしたない格好をして…誘ってるんですか?」

「誰のせいだ、ばか!」


もう一発、蝙蝠傘でしばいてやった。
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