喰えない子
□甘かったのは
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「暑い…暑いッ!なんでクーラーきいてないのよこの部屋!!」
「いやぁ、日本の夏を満喫しようと思いましてね☆」
「嘘おっしゃい!!!」
ここはヨハン・ファウスト邸の一室。
朝倉華の叫び声はそこからあたりに響き渡っていた。
ファウスト邸といえばアンティーク調の家具が並べられたきらびやかなイメージがある。
しかしそこはイメージとはだいぶかけ離れたもの…、縁側のある日本家屋風の内装に代わっていた。
縁側に腰を掛けた浴衣姿のメフィストは足をぶらつかせ、どこか上機嫌に団扇を仰いでいる。
一方、現代っ子の華は暑さで今にも溶けそう、とでも言いたげな顔で影のできた畳の上に突っ伏していた。
「マジ意味わかんない…、セレブの考えること意味わかんない…、どうでもいいからクーラーつけてよぅ……」
「残念ながら、今この部屋には扇風機しかありません☆」
「は、なんで?クーラーは!?」
「壊れちゃいました、てへ☆」
「星飛ばしてんじゃねーよ暑苦しい!じゃあ直してよ、指パッチンで一瞬でしょ!」
「精密機械はデリケートなんですよ?こういうのは専門家に任せるのが一番です。
ちなみに本日はお休みだそうですので、修理に来られるのは明日以降になりますね☆」
「なんだと…っ。私を殺す気か…っ。」
華は一度は顔を上げたものの、再び畳に突っ伏した。
暑い暑いとのたうち回る華を横目に、メフィストは尚も涼しいげな顔で口角を上げていた。
「なに、実家(ゲヘナ)の斜め向かいのお宅の暑さに比べれば、ここは断然マシですよ。アレはわが家にまで熱気が伝わってきましてねえ…」
「何それ怖い。ていうかゲヘナなんか行けないし」
「一度来られますか?ご招待しますよ☆」
「全力でお断り。悪魔マジ意味わかんない」
「くく。まぁ今日一日くらい、古き良き日本の夏を満喫しようではありませんか☆」
パチン☆
「むおぁ!?煙い!なんか気持ち的に暑い!」
「そんなはずないでしょう。ほら☆」
メフィストが指を鳴らすと同時に、お馴染みの煙が華の体を包んだ。
そして煙が晴れると、華はピンクのお花柄の浴衣に早着替えしていた。
「どうです、洋服よりも涼しいでしょう☆」
「うん、うん…涼しいけど…、やっぱり暑いッ!」
そういって華は再び畳に突っ伏した。
そんなことお構いなしに、メフィストは日本の夏を語りだす。
「日本の夏といえば浴衣でしょう!まあ、私は冬でも室内着は浴衣ですがね。これはいいですよ、風通しも良し、気持ちもリラックスできるし、何より浴衣に感じる"萌え"の可能性は偉大!夏祭りで見るいつもと違うあの子の姿とか、普段は見られないうなじとか、慣れない履物に苦戦を強いられている姿とか…ふふふ。おっとよだれが、これは失敬☆
ともかく、この浴衣を考案した者にはぜひともメフィスト直々に熱い抱擁をして差し上げたいものです!萌えって素晴らしい!」
「辞めてあげてよ、暑苦しい。話長いし。夏関係ないし。」
「そんなことありません、これは日本の夏に感じる萌えなんですから☆
あとほら、この縁側もいいでしょう?古民家を思わせるこの雰囲気…特別に手配させたんですよ。」
そういわれて華は縁側の方に視線をやった。
気づいてはいたのだが、その縁側は自分の知るものと大きく違っていた。
「ねえメッフィー。」
「はい?なんですか」
「ここって何階だっけ?」
「何を急に。我が城は正十字の最上部ですg…」
「屋上に!縁側がある意味が解らんわッ!」
華はメフィストの言葉を遮るように叫んだ。
二人がいる場所は確かに日本家屋風の一室で、縁側がある。
確かにそれは縁側なのだが…
「縁側の向こうってこんな青空だっけ!?縁側の下ってこんな超急勾配だっけ!?まず座っても足つかなかったっけ!?」
「仕方ないじゃないですか、最上階なんですから」
「だからってこんな崖っぷちに縁側作るな!
ていうか屋上って太陽近いじゃん!さらに暑いじゃん!」
「いやいやこうして風が吹けば風鈴が涼しげな音色を…」
「…びっくりするくらい無風ですけど!」
「いやはやおかしいですねえ、あっはっは!
これだから自然というのは面白い!」
「悪魔の笑いのツボわかんない!全然笑えない…ッ」
縁側の向こうといえばたいてい、庭があったりして緑が広がっているもののはずなのだが、ファウスト邸の縁側の向こうには青空が広がっていた。
ついでに言うと足元には正十字の街並みが広がっていた。
しかも太陽は間近で照り付けてくる。
縁側を作るには、まさに劣悪なポイントであった。
「まぁまぁ、あなたもこちらに来なさいな。
ここから下を覗けば少しは涼しくなるかもしれませんよ?」
「行かない!!!」
「そうですか?時折吹く突風に煽られたらもっと涼しくなるかもしれませんよ?」
「絶対行かない!!!」
「何なら、ここで肩をつついて差し上げましょうか☆」
「誰が行くかバカやろおおお!!!」