喰えない子

□オヤスミナサイ
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折角の休日だというのに。
折角の晴天だというのに。

そんな日に限って彼…メフィストさんは、溜めに溜めた仕事の付けが回ってきたようだった。
終止無言でデスクに向かい続ける彼。
普段からそうしていれば良かったのに…。

自分が座るソファーの横に置かれたメッフィー君人形を膝に乗せる。
ちょうどよい大きさで、抱き心地は抜群だ。
しばらくはその感触を楽しんでいたが、それにも飽きてきた。

「自業自得、今日ばかりは手伝わない」と宣言したはいいが、正直暇をもて余しているのが現状。
しかし邪魔をするわけにも行かず、私は彼と同じく、終止無言でテーブルの上の冷めきった紅茶を眺めていた。

窓から差す太陽の光がポカポカと気持ちがいい。
退屈さもあって瞼が重い。
しかし彼の仕事が終ったころに、私が眠っていては意味がない。
覚めた紅茶を飲み干し、必死で目をこじ開ける。

しかし…ここまで何もすることがないと、要らぬことまで考えてしまう。

彼と私、二人の間にある不安要素…
悪魔と人間の色恋事情は、万人に受け入れられるとはとても言えないものだ。
お咎めを恐れるがゆえの秘密の関係。

そして、これから先の未来。
私にとって遠い、彼にとって近い将来 。
きっと絶対必ず、私は先に死ぬ。
そして直ぐに衰え老いてゆく体に私は、彼は、耐えられるのだろうか。


「…っ、」


涙が一滴、頬を伝って落ち、抱えた人形にシミを作った。
真偽も不確かなことばかりが、無意味に脳内を支配する。
「駄目だ、いけない」と、ごしごしと目をこすった。


「…?どうかしましたか」

「なんでもない…。ほら、早く仕事する!」


努めて、いつもと変わらない素振りを演じて見せる。
はいはい…、と大人しくデスクに向き直った彼。
――貴方はどう思っているの?
その瞳を見ても、彼の考えは到底分からなかった。

また、瞼が重い。
そろそろ限界かも知れない。
再び集中し始めた彼に気付かれぬように、メッフィー君人形を抱えたまま寝室へと向かった。


いそがしく、また極度のショートスリーパーである彼の睡眠は、昼夜問わずソファー等で仮眠を取る程度で済まされることがほとんどだ。
だから普段ほとんど使われることのないはずの寝室であるが、それでも布団に潜れば彼の匂いが充満していた。

「貴方の匂いは私を惑わす」という彼。
だが、それは私にも当てはまることだ。


「メフィストさんの匂いは、私を惑わす…」


貴方を惑わす私の匂いは、貴方には直ぐに届かなくなる。
私を惑わすこの匂いだって、私は直ぐに感じれなくなる。

溢れてくる涙を、今度は止めることが出来なかった。

声を殺してひとしきりなくと、また睡魔がやって来た。
今度は抗うことなく、彼の匂いの中でそれを受け入れた。
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