薄桜鬼

□おはよう
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ねぇ、ちょっとあの子、自覚がなさ過ぎるんじゃない?
あの姿はなんなのかな?

登校中の生徒達の波の中、ずっと前を仲良さげに歩く男女が、僕の目にはっきりと飛び込んだ。
僕以外の男とあんなに楽しそうにしているなんて、さすがにイライラを隠せない。
いくら平助とは幼馴染みだからって、僕っていう彼氏がいるのに未だに一緒に登校なんて。
本当にどういうつもりでいるのかと彼女に問いただしたいくらいだ。
イライラを募らせながら歩く僕が、おしゃべりをしながら歩く二人に追いつくまでそう時間はかからなかった。

「あれ、総司!今日は早いじゃん」

僕に気付いた平助がいつもの調子で声をかけてきた。
そのバカみたいに大きな声に、隣にいた千鶴ちゃんも振り向いて僕に気付く格好となった。

「あ…、沖田先輩、おはようございます」

朝の挨拶をする千鶴ちゃんは恥らっているのだろう、わずかに目を泳がせて僕から視線を外した。
そういう態度こそ彼女が僕を好きでいてくれてる証拠だといえば、確かにそう思わなくもない。
だけど、そんなことでそう簡単に直る機嫌でもない。
僕は追い抜きざまに一度だけ二人を見やって、そのまま無言で追い抜いて行った。
 
「えっ、あれ、おい、総司!?」

平助が慌てて呼ぶ声も一切無視。
ふん。あの二人にはお灸を据えてあげないとね。
少しは僕の気持ちも察しなよ、千鶴ちゃん。

その日の僕は、頑として二人とは話さずに過ごした。
千鶴ちゃんは何度か僕のクラスにも尋ねて来たけど、その度に僕は徹底的に逃げた。
本当の事をいうと、途中からはもう意地だけで無視を続けていた。
でも僕は、それだけ君が好きなんだって、君に気付いてほしかったんだ。

結局、千鶴ちゃんからの着信もメールも無視したまま翌朝を迎えた。
あぁ今日もまたあの姿を見るのかな…と憂鬱になった僕は、いつも以上に準備に時間がかかってしまった。
あぁ…今日も遅刻かな。
風紀委員の一君と薫の顔が浮かべば、憂鬱に一層拍車がかかる。
ため息を吐きつつも重い腰をなんとか持ち上げ、僕は玄関を出た。

「…っ、あっ、沖田せんぱ…」

その瞬間まったく予想していなかった人物の姿と声が飛び込んできた。
まさか朝から家の前で待ち伏せされるなんて、ちょっとびっくりしたかも。

「千鶴ちゃん…」

よく見ると、千鶴ちゃんは今にも泣き出しそうな顔をしていた。
そんな顔をさせているのは紛れもない僕なんだと、自惚れなんかじゃなく本心ですぐに気付いてしまった。
それに気付いてしまえば、居たたまれない思いにもう全てがどうでもよくなって、頑なだった心が一気にほどけていった。

「…ごめん、ね…」

僕は千鶴ちゃんを軽く抱き寄せてポツリと呟いた。
今さらかもしれないけど、本当に、泣かせたいわけじゃなかったから。
少しやりすぎてしまった事を僕は素直に反省した。
その言葉に多少なりとも安堵したのか、抱き寄せていた千鶴ちゃんの肩から力が抜けた気がした。

「どうして、昨日は口利いてくれなかったんですか?」

僕の胸に顔を埋めたまま、千鶴ちゃんは小さな声で話を切り出した。

「あー…うーん。…ごめん。要はただのやきもち、かな。平助に妬いた」

「えっ」

余程驚いたのか、千鶴ちゃんは目を丸くして僕を見上げてきた。
そしてみるみるうちに頬を染めて、僕から視線を外してしまった。
そんな千鶴ちゃんの視線の先に自分の顔を移動させ覗き込むように見つめると、千鶴ちゃんはまた視線を外そうとした。
恥ずかしがって逃げ惑う姿も可愛いけど、今回はちょっとおあずけにさせてほしい。
僕は千鶴ちゃんの顎を瞬時に捕らえて上向かせた。

「ねぇ、君は誰の彼女になったの?」

そう言って、その格好のままキスをしようと顔を近付けながら、僕はまぁまぁ重要な事に気が付いてしまった。

___ここ、僕んちの真ん前じゃん。
一応ご近所の目とか気にするべき?

なんて、そんな事に気を取られた一瞬の隙に、千鶴ちゃんは素早く僕の腕から逃げてしまった。

「あっ。どうして逃げちゃうの?」

「だ、だって…心臓、持ちません…」

本当に心臓がどうにかなってしまったんじゃないかと思うくらいの、尋常じゃない千鶴ちゃんの赤面具合に僕は声を上げて笑った。
こんなに可愛い子、平助だけじゃなくて、他の誰にも渡せるはずないよね。
まだ込み上げる笑いを半分くらい抑えながら、僕は大好きな千鶴ちゃんに提案をした。

「ねぇ、今度からさ、一緒に学校行こうよ」

一日の始まりの朝には、僕が一番に君に会いたい。
誰かに妬いてしまう程に、君が大好きで仕方ないから。
そうだな、手を繋いで登校しよう。
平助に見せつけて、一君と薫にも見せつけて、土方先生や原田先生達に見せつけてもおもしろいよね。

「とりあえずさ、今日はもう遅刻決定だから、諦めて歩いて行こうか」

「あっ!えっ!もうそんな時間ですか!?」

「うん、そうだね。まぁいいんじゃない?今日も風紀委員さんのお小言聞いてあげようよ」

そう言って差し出した僕の手に、千鶴ちゃんの小さな手が添えられた。
その手をぎゅっと握り締めて僕は笑う。

「おはよう、千鶴ちゃん」

「あ、おはようございますっ」

これからは毎日一番に君に言うよ。
明日も明後日も、その先もずっと。
君の始まりの朝に、隣にいるのは僕であるように。

「ん〜!今日、暖かいね。サボッちゃおうか?」

「えぇ!それはダメです!沖田先輩っ!」




【END】

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