薄桜鬼

□会いたくて
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それから何日かたったある夜。
俺は新選組屯所へと出向いていた。

「…報告は以上です」

「そうか。わかった。ご苦労だったな、斎藤」

ひと通りの報告を聞き終えた所で、副長は目の前の茶に口をつけた。
少し冷めてしまった茶でのどを鳴らし一息つくと、再び俺へと向き直って口を開いた。

「ところでな、斎藤。お前、今から少し、千鶴の部屋に行かねぇか」

「……………はっ?」

あまりに唐突の申し出に、俺は思わず失礼な返答をしてしまった。

「いや、実はあいつ熱出してな。寝込んでるんだ。だからお前が行って様子を見てきてくれねぇか」

「そ、それは本当ですか!?…あっ、いやしかし、俺が行っては…」

そう言葉を濁すと、悪巧みを思い付いた総司、もとい子供のように副長はにやりと笑った。

「お前が行ってやるのが一番の薬だろうからな。今夜は俺が許すさ。会ってこい」

風邪をひいたというあんたを心配する反面、久しぶりに会える事実に、少なからず俺の気持ちは高揚していた。
まったく、俺らしくもない。
それでも心配であることには変わりなく、俺はいそいそと副長の元を後にした。

雪村の部屋の前まで来ると、早く会いたいと思っていた割に足がすくんだ。
たかが女一人にこんなに左右されるなど我ながら情けないが事実だ。
一度だけ深呼吸をして部屋へと入ると、高熱にうなされながら眠る雪村がいた。
眉間にしわを寄せ、苦し気に呼吸をしている。
俺は持ってきた桶に手拭いを浸し、それを雪村の額にあてがった。
ひどい熱さに冷やしたそれさえもすぐに熱を持った。
きっと、少しくらいなら…などと具合の悪さを押して雑用などを引き受けていたのだろう。
頑張り過ぎてしまうのは性分なのだろうが、身体を壊してしまっては元も子もない。

「まったく、もう少し自分を大切にしても罰は当たらんだろうに…」

俺は熱で赤みを帯びた雪村の頬を撫でた。
久しぶりに顔を見れたというのに、この有り様。
本当に困った女だ。
こうして俺の心配事を増やすのだからな。
頬を撫でていた手を軽く添え直して、少し開いた雪村の唇に俺はそっと口づけを落とした。
本当に、いつの間に、こんなに愛しい存在になっていたのだろう。
新選組を離れてからは、特に雪村の存在を強く感じていた。
当たり前に一緒にいた時にはわからなかったこの感情に、離れてみてようやく気付き始めてしまったのだ。

「俺にとってあんたの存在は、こんなにも大きかったのだな」

そっと口にしてみたが、今はまだ直接告げる事は出来ない。
だからいつか、俺の任務が終わりここへと戻った時には、前以上にあんたと向き合わせてほしい。
それまで俺を待っていてほしいなど、勝手な話だろうか?

再び額の手拭いに手をやると、雪村の目がうっすらと開いた。
まだ焦点の合わない目を泳がせて、だんだんと俺を映し始めた。

「斎藤、さん…?」

先程重ねたばかりの唇が俺を呼んだ。
久しぶりにその声で呼ばれた名は、特別なものとして響いた。

このまま夜が明けなければいい。
こうしていつまでも二人共にいられたら…

そう願いながら、その願いを自身の中へと閉じ込めた。

「他の誰に見えるというのだ」

努めて冷静に、いつも通りの俺で返事をした。
やはり俺は理性が勝る人間だ。
今の俺に課せられた任務を速やかに遂行する為にはこの態度が一番良いだろう。
そう思い、わずかに視線を外した。

「今夜は無理をせず、ゆっくり眠っておけ」

言いながら絞り直した手拭いを再び額へと当てがい、そのまま濡れた手で雪村の漆黒の髪を撫でた。
同時に、夜明け前の帰路へと己の気持ちを傾けていった。



___だが、その前に、眠ったお前にもう一度だけ口づけてもいいだろうか。
しばしの別れの前に、お前のぬくもりをもう一度…

この身に刻んで行かせてくれ。





【終】
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