薄桜鬼

□会いたくて
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あんたを置いて、俺は新選組を離れた。
もちろんそれは俺の意思ではない。
しかしそれを口外することは、決して許される事ではなかった。
あんに嘘を吐かねばならなかった事を、許してほしい。

「雪村…」

「___千鶴に会いたいのか?一君」

ふいに真後ろから聞こえた声にびくりと肩が跳ねた。

「い、いつからそこにいた平助!」

「うーん。少し前から?なんか声かけにくい雰囲気だったからさ。なぁ千鶴のこと考えてたのか?」

…迂闊だった。まさか平助がいたとは。
俺としたことがそんなに考え込んでしまっていたなど、到底己らしくない軽率さに眉を寄せてため息を吐いた。
そんな俺をよそに平助はあぐらをかいて隣に座ってきた。
そして不自然な程に周りをキョロキョロと見渡した後、そっと俺の耳元に顔を寄せてきた。

「なぁ一君。実は俺さ、こないだ千鶴に会ったんだ」

「なっ、」

それはあってはならぬ事。
新選組と御陵衞士は交流を禁じられている。
特に新選組の幹部だった俺達には、間者の疑いを持つ者も少なくない。
新選組に身を置く雪村に会うなど、誰かに知れたらただでは済まない所業だ。
思わず平助を凝視すると、俺の胸の内を悟ったのか笑って
みせた。

「たーいじょうぶだって!俺も千鶴もそこまでバカじゃないよ。初めて会ったふりをしたんだ」

言い終えると同時に平助は目を伏せた。

「そんな遠くない場所にいるのにさ、けっこう仲良くやってたのにさ、なんか寂しいよなー…なんて。はは。自分の意思で伊東さんについてきたはずなのに何言ってんだろうな…俺」

自虐的な苦笑をして、平助はひとつ大きく呼吸をした。
平助の真っ直ぐな瞳が俺を捕らえ、小さな声で告げた。

「…っていう茶屋で会ったんだ。千鶴は一君のこと気にかけてたよ。俺と話してんのにあいつ、一君のことばっか聞いてきてさ。まったく妬けちゃうよな」

からかうように笑いながら、平助はすくっと立ち上がった。

「じゃ、俺行くわ」

「あ、平助。…その、雪村は、元気だったか」

立ち去ろうとした平助に俺は思わず問いかけていた。
雪村に変わりはないだろうか。
風邪などひいてはいないだろうか。
無理などしてはいないだろうか。
それはここに来てからほとんど毎日のように思うことだった。
返事を待つ俺の顔を見つめて、ふっと平助が微笑んだ。

「また会えるかはわかんないけどさ、行ってみたら?一君も」
 
 



___俺
は、何をしているんだ。

『行ってみたら?一君も』

あの日の平助の言葉が頭の中で何度も再生されていた。
俺はどちらかというと、本能より理性が勝る人間であると自負している。
ちなみにだが、総司辺りは本能が勝る人間と言えるだろう。
…だが、そんな俺が今ここにいるという事は、抑えきれない本能もあったという事なんだろうか。

ただ会いたい。
一目、あんたに会いたいんだ。

俺はまさに間者ゆえ、新選組にも出入りをしている。
しかしそれはいつも人目につかない深夜だ。
そうでなくても、事情を知らない雪村になど会えるはずもないのだが。
屯所へと赴く度に、雪村の部屋へと足を運びそうになっていた。
だが俺はそれを理性で抑えてきた。

…そのはずだったのにな。
何故俺は、この茶屋に来たのだ。
ふっと乾いた笑みが漏れる。
ただの男と成り果てた己を嘲笑った。

茶屋の中を除いてみたが、店の中には男女の二人組がいるだけだった。
雪村の姿はない。

「…くっ、ははっ。俺は何を期待したというのだ、愚かだな…」

雪村の姿がなかった事に俺はほんの少し安堵していた。
俺の成すべき仕事を忘れてはならない。
副長に迷惑をかける事など、あってはなら
ぬのだ。
淡い期待が外れた反動で現実へと引き戻された感覚に己を正し、俺はそのまま茶屋を後にした。
これでよかったのだと前を向きながら。
 
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