薄桜鬼

□潰された心臓
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「あの、土方さん」

「…土方さん!」

「土方さん?」

馬鹿のひとつ覚えみたいに毎日あの人の名前を呼ぶ千鶴ちゃん。
その声を聞くたびに、どうしてだろう、僕の胸はキシキシと鈍い音を立てた。
その声を聞くのがなんだかおもしろくないんだ。


「__雪村くん、申し訳ないんだが土方くんにお茶を持って行ってはくれないかい」

まさに人がいいという言葉がぴったりの、優しげな源さんの声が耳に届いた。

「土方くんはまたここの所ろくに寝ていないようでね。様子を見てきてくれないかい」

「はい…最近お顔の色も優れないようですし、私も気になっていました。様子、見てきますね」

「お願いするよ」

二人のやり取りを物陰から盗み見ていた僕は、勝手場へと急ぐ千鶴ちゃんの後を追った。
いそいそとお茶の用意に夢中になっている姿を覗き見る限り、どうやら僕が追ってきた事には気付いていないようだった。

「ねぇ」

「…っ!」

僕が声をかけた瞬間ビクリと千鶴ちゃんの肩が跳ねた。

「そんなにびっくりした?」

「お、沖田さんっ。いらっしゃる事に気付かなかったので…」

「ふぅん。それだけ誰かさんの事で頭がいっぱいだったって事?」

「え…?」
 
言葉の意図する所がまるでわからないと言わんばかりの千鶴ちゃんの様子に、なぜか僕のイライラは募っていった。

土方さんに持っていくお茶の用意をしてたくせに。
土方さんの心配ばかりしてるくせに。
土方さんの事しか頭にないくせに。

「土方さんの所に行くんでしょ?君、本気で土方さんの小姓にでもなったの?」

口端を上げて僕は言った。

「あ、いえ、土方さん最近ずっとお忙しいようなので、お茶をお持ちしようと思っただけです」

出来るだけ意地悪に聞こえるよう心掛けたハズの僕の皮肉は、千鶴ちゃんにはまったく届かず、彼女はいつものようにただ素直に笑ってみせた。
その屈託のない笑みに僕の胸がさらに軋む。
ギシギシギシギシ嫌な音を立てて。

あぁそうか。
もしかしたらこういうの、苦しいって言うのかも。

行き場のない想いをぶつけるように千鶴ちゃんの手首を乱暴に掴むと、僕はそのまま勢いよく自分の胸元へと彼女を引き寄せた。
突然のことにびっくりした様子の千鶴ちゃんは小さな悲鳴を上げて、僕の腕の中でもがいていた。

「行かせないよ。土方さんの所になんか行かせてあげない」

「えっ、何…沖田さん?」

丸い目をさらに丸くして、頬を赤く染めた千鶴ちゃんが僕を見上げてきた。
その姿に僕はにやりと笑って彼女の黒髪に指を絡ませる。

___このまま僕が口付けたら、君はどんな顔をするのかな。
幸せだって喜んでくれる?
それとも、誰かさんを想って悲しい顔をするの?

綺麗な朱に染まったその頬にそっと触れて上向かせ、緊張の為か不規則な息遣いがもれる唇に自分のそれを重ねようと、僕はゆっくり千鶴ちゃんに近付いていった。
しかし頬に触れていた手はためらいなく弾かれ、彼女の細いふたつの腕は僕の胸を強く押し返してきた。

「な、なんのつもりですか?からかってるんですか!?」

瞳には戸惑いの色を映しながらも、しっかりとした拒絶の意思が僕に向けられていた。
そう、本当は、そんなもの最初からわかりきっていた反応だった。
それなのに、今さら僕はいったい何を期待したというのか。
馬鹿な己を薄ら笑う自分が、身体の奥底から湧き上がってくるような感覚に襲われた。
あぁ。どうしようもなく、くだらない僕。

「__ねぇ。僕のこと嫌いって言って。今すぐ言って。そしたら愛しの副長さんの所へ行かせてあげるよ…」


(僕が…)
(土方さんを)
(いっそう嫌いになった瞬間___。)


そうして意地悪な笑みの下にひた隠したのは、君に潰された僕の心臓。




【終】

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