薄桜鬼
□雪うさぎ
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「…わっ」
それはある冬の朝。
一さんより早く起きた私は、外の景色に見入っていた。
夜のうちに降ったのだろう、庭一面が銀世界となっていた。
誰の足跡もない真っ白に光る雪。
どうしても一さんに見せたくなった私は、まだ眠る彼の肩を軽く揺すった。
「一さん、一さん、起きて下さい。ねぇ雪が積もってますよ」
私の声が届いたのか、彼が布団の中で身じろいだ。
ん…と、吐息混じりの声を漏らし、うっすらと瞳を開け始めた。
「おはようございます、一さん。雪が積もってるんです。綺麗ですよ」
まだ寝ぼけ眼の一さんは、ほんの少し眉間にシワを寄せ、何度かまばたきを繰り返した。
そうしてだんだんと私に焦点を合わせる。
「あ、あぁ。朝か。おはよう」
「おはようございます。ねぇ雪が積もってますよ」
「…どうりで、今朝は冷えるな」
___身支度を整えた私達は、朝食の前に少しだけ庭へと下りた。
吐く息は白く、体中がすぐに冷え込んだ。
はぁっ…と、自分の両手に息を吹きかけていると、そっと後ろから一さんに抱きすくめられた。
「無理をするな。お腹の子にさわるだろう」
優しく耳元でささやかれた言葉に、私はにっこりと笑い頷い
た。
少しだけ振り向くと、一さんと目が合った。
微笑み合って、軽い口づけを交わす。
「…ねぇ一さん、いつか雪うさぎを作ったことがありましたね」
それはまだ私が新選組にお世話になっていた頃。
雪うさぎを知らないという一さんに、私が作ってみせた事があった。
すぐに溶けてしまう雪うさぎを、一さんは大切にお部屋に飾ってくれていた。
「あぁ。覚えている。お前は指先まで冷たくなっていたな」
一さんの両手が私の指先を包んだ。
「今度は、俺が作ろう。お前と、そしてお腹の子に。不格好になるかもしれないが、雪うさぎくらい作れる父にならねばな」
…きっと、一さんは真剣に言っている。
だから笑ってはいけない。
ダメ。ダメなのに___。
「ぷっ…ふふふふ」
私は笑ってしまった。
「なんだ、どうした?何故笑う」
困惑の声が耳に届いた。
雪うさぎひとつで真剣になるあなた。
そんなあなたが可愛くて、愛しくて。
一さんの腕の中でくるりと身体を回転させ彼の背中へ自分の両腕を回せば、小さな私はすっぽりと彼の胸に収まった。
「一さんの雪うさぎ、楽しみにしてますね」
間近にある一さんの顔を見上げて私は微笑んだ。
一さんも優しく笑う。
冬の風にさらされ冷たくなった私の頬を華奢な彼の手が覆った。
近づく愛しい気配を感じて、私は静かに目を閉じた。
「千鶴…愛している」
【終】