AMNESIA

□an Ukyo and Ukyo
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「チッ。またアイツは…」

世間一般では寝ている者が多いであろう時分。
色々と我慢の限界だったオレは数日ぶりに顔を出すことにした。
寝室にはまず脱ぎ捨てられたままの洋服。
その洋服をまとめて抱え込み隣の部屋へと移動すると、飲みかけの牛乳がそのままテーブル…もといテーブル代わりのトランクの上に置きっぱなしなのが目についた。
次に冷蔵庫を開ければ、案の定賞味期限がとっくに切れた牛乳がありオレは大きなため息を付いた。

「…これを飲んだのか」

おもむろに牛乳を掴むとそのままシンクに中身をぶちまけた。
空になった牛乳の箱をゴミ箱に投げ入れると少しだけ胸がスッとして、フンッと鼻を鳴らした。
…ったく、道理で起きてから腹が痛かったわけだ。
毎度の事ながらアイツのズボラさには感心すらする。
よく見れば部屋のすみには綿ぼこりも確認出来た。
どうせ洗濯物も溜まっているだろうから洗濯をして、それから掃除機をかけて雑巾がけをして…そこまで考えてオレはまた大きなため息を吐いた。
どういうわけか、こういった家事全般はオレの仕事になりつつある。
家事が嫌いなわけではないし洗濯や掃除に至っては趣味だとも言えるが、表のヤツがだらしなさ過ぎるというのが間違いなく大きな理由ではあるだろう。
また牛乳捨てちゃったの!?なんて、朝になればわめくだろうがオレの知ったことじゃない。
むしろ捨ててやってるオレに感謝しろって話だとも思う。
そんなことを思いながらふと左の腕に抱えたままの洋服に視線を落とすと、なんとも言えない柄のパンツが目に飛び込んだ。

「…ッ!だからっ!こういうパンツは履くなってあれほど…!」

怒りとも呆れとも取れる感情がフツフツと沸き上がってきた。
オレには到底理解出来ない、ウキョウの趣味のひとつ“変な柄のパンツ集め”だ。
どこで買ってくるのか、たまに顔を出す度に増えている気がする。
もしやと思いチラリと自分のソコを覗いてみると、やはりなんとも言えない柄のソレがあった。
オレの趣味ではない、断じてオレの趣味ではない。
呪文のように繰り返しながら再びしまい込んで、後は見なかったふりをすることにした。



窓の外側が明るくなってからずいぶん時間がたっていた。
閉じられたカーテンのせいで部屋の中はまだほんの少し薄暗かったが、それでも漏れる日差しに閉じたまぶたも幾分か刺激されていた。
外からは足音や話し声、散歩中なのか犬の鳴き声も聴こえてくる。
そうやって容赦なく刺激するもの達に負けて、ついに俺は目を覚ました。

「あれ…もしかして寝過ぎた…かな…」

今起きたばかりの俺がカーテンを開けているなんてことはあるはずがなく、でもそれにしては部屋がずいぶん明るくなっていたのでふと時間が気になった。

「えっ、わっ、12時!?」

昨夜は確か午前0時には就寝していた。
…ということは、俺は半日も眠っていたことになる。
さすがに眠り過ぎだ。

「あ〜ぁ。朝一で冥土の羊に行くつもりだったのになぁ」

拗ねた子供のようにぼそりと呟いてやっと布団から出ると、その瞬間、見慣れた自分の寝室に違和感を感じた。
脱ぎ捨てたままにしていたはずの洋服がない。
小物の位置などが微妙に変わっていて、妙に小綺麗になっている。
感じた違和感はほとんど確信に近い予感に変わり、寝室を出た所で完全なる確信になった。
同時に俺は一目散に冷蔵庫へと走った。
勢いよく扉を開ければ、案の定の光景が目の前に広がり愕然とした。

「ああああ!また牛乳捨てちゃってるー!」

半日も寝ていた…いや厳密には俺は寝ていたつもりだっただけで、実際には起きて色々とやっていたわけで、とにかく俺の意識のなかった半日はこれだったんだ。
久しぶりのような気がする、オレが現れたのは。

「ここんとこ仕事も忙しくて家のこと出来てなかったからなぁ。アイツ限界だったんだろうな」

言いながらソファに腰を沈めて天井を仰いだ。
俺的には半日も寝ていたはずなのに、今さら感じてきた疲労がそうじゃないことを教えてくれる。

「今日彼女が終わるのって何時だったっけ…迎え行きたいな…」

せっかく久しぶりの休みだから今日は一日中彼女の傍にいようと思っていたのに、覚えのない疲れのせいで動かない体が恨めしい。
こんな状態にしたオレに怒りを感じて、文句のひとつでも言ってやろうと、俺は二人の交換日記であるノートを引っ張り出した。
傍にあったボールペンを握り締めパラパラとページをめくっていくと、オレからの新しいメッセージがあることに気付いた。
言いたいことがあるのは俺の方なのに…!と少し苛立ちながらもひとまずそれに目を通すことにした。


『いい加減に変な柄のパンツを履くのは止めろ。いくらなんでもアイツだって毎回そんなパンツ見せられてたら引くだろ?実際なんて言われてんだよ』


…は?えっ?

「えっ、ええええええ????」

朝から何言っ…あ、違う、今は昼か…っていや違う、オレがこれを書いたのはたぶん夜中か朝方…って、違ぁぁぁぁぁう!!!!
大事なのはそこじゃない。
毎回そんなパンツ見せられて?
見せ、られて?
見…?

「パンツはまだ見せてないよーーーっ!!」

思わずソファから立ち上がり力いっぱいノートを握り潰して叫んでしまった。

「な、な、何、アイツ、もう俺と彼女がそういう関係だって思ってるってこと?なっ、そ、そ、そんな、そんなことっ…!」

確かに俺くらいの年齢で恋人がいるならそういう行為は普通なのかもしれない。
でも俺にとっては隣で笑ってくれる彼女が本当に本当に奇跡みたいな存在で、もちろん抱きたい気持ちがないわけじゃないし…いや、てゆーか抱きたいけど!すっごくすっごく抱きたいけど!
けど…

「大切過ぎて抱けない、なんて」

どこか踏み切れない臆病な俺がいた。
それは彼女に抱く罪悪感から来るものでもあったのかもしれない。
何度も何度も殺してしまった彼女を抱きたいだなんて、俺にはそんな資格ないんじゃないかと思う部分もあった。
ひとつ大きく深呼吸をして、俺はノートに向かった。
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