「…悪かったって……何がですか?」
聞きようによっては厭味に聞こえるかも知れないと思いながらも尋ねずには居られなかった。
だって何で神田が謝るんだ。
僕が悪いんじゃないのか。
そんな筈無いでしょう?
「何がいけなかったんですか?」
もしかして僕だけが悪いとは限らないのかも知れないけれど、全く非が無いなんて有り得ない。
全てに対する平等を誓った精神を呆気なく突き破って現れた存在を自分から傷付けた、其れに対する罪が零な成るとは思えないし、
例え度合いが限りなく低くて端から見れば馬鹿馬鹿しい事が原因だったとしても、誤魔化す事なんか許されないだろう。
「ねぇ、神田……!」
神田は何も言って来ない。
屁理屈を捏ねる面倒なガキだと呆れられただろうか。
僕の方こそ悪かったんですごめんなさい、その一言で済ませてしまえば後腐れも無く楽に解決出来るのだろう。其れが利口な解決策だとしても神田に関する事をいい加減に対処したくは無かった。
同じ過ちを繰り返さない為にも。
「アレンはイノセンス好きさ?」
助け船を出してくれたのはラビからの突拍子も無い質問。
内心どんな繋がりが有るのだろうかと首を傾げつつ意見を述べる。
「そりゃ無くちゃ生きていけないとは思いますけど…好きかって言われると悩みますね…。」
戦えるのも生きていられるのもイノセンス在ればこその話だが、同時に苦しみの根源でもある結晶を無条件に受け入れるのは難しい。
「じゃぁユウの事は?」
「愛してます。」
「っ……!」
即答すれば神田の顔が一気に赤くなった。可愛い。
睨んでも可愛い。
アレ…でもこんな公衆の場で揶揄われてるのに何で抜刀したり怒鳴ったりしないのだろう。
ラビに話を続けさせようとしている?
上手く言葉に出来ない自分の代わりに、僕の質問に対する返答を?
「自分のイノセンスは?」
色々と考えあぐねている途中で三度目の質問。術語は省略されても支障は無い。
だから直ぐに答えを返せなかったのは訊かれた内容を良く理解出来なかったからではなくて、其処に含まれた真意が朧気ながら分かってしまったから。
好きでもない
今は嫌いでもなくなった
それでも自分の枷となる左手は。
何処か忌むべき対象で。
「もしユウの隣を並んで歩けるとしたら、どっち側に立つ?」
任務中に仲良く歩くなんて有り得ないし、教団内では神田が照れてどんどん先に行ってしまう。
だから左右の位置など気にも留めて居なかったけれど。
言われた通りの仮定で想像してみる。
「あ……。」
身を乗り出していた体制から気に力が抜けて椅子に座り込んだ。
もしそうなったら、神田と歩幅を揃えて歩くような事があったら。
きっと僕は左側に立つ。例え神田の帯刀する武器に近づける距離が制限されたとしても必ず僕は左側だ。それは抜刀の邪魔に成らない為だとか他人を気遣う話とは違った自分本意の躊躇い故で。
かつて大切の人を奪った左手を
出来るだけ最愛の人から遠ざけて、指先ですら掠れる事の無いように。
「……ごめんなさい。」
「馬鹿モヤシ。」
自覚したからこそ思い出した、あの一瞬間での無意識の拒絶。
伸ばされた右腕に同じ側の手で答えたのは其れが利き手だからと言うのは無関係。
あの時僕は確かに、崖端を掴もうとしていた左手を一旦引っ込めてから態々右手を伸ばし直した。
本当に咄嗟の判断だったから自分で違和感は覚えなかったけれど。
気付かせてしまえば悲しませるのには十分だ。
「あれ、でも何で神田が…」
謝るんですか、と続けようとした言葉は途中で飲み込んだ。
遮れたんじゃない。視線や雰囲気が、続ける事を許さなかった。
気を聞かせてくれたらしいラビが無言で立ち上がるのを視界の端に捉えて、お礼言わなきゃなぁなんて思ったけれど。其れが今じゃなくて後で、な時点で僕の興味が神田にだけ集中しているのは明白な事。
其の瞬間、ここに僕と神田しか居ないような錯覚すら覚えた。
他の人たちも食事しているしジェリーさん達も当然この食堂に居る。それでも、僕らは二人だった。
「……前に、最初に会った時に…言っただろ?」
呪われてる奴とは握手しないという意思を端的に表した一言か。
違うんです其れは関係無いんですと慌てる僕の目の前に右手が差し出された。
「え……?」
「呪いも含めて、今後も宜しく御付き合いの程を。」
そう言って微笑んだ彼と、漸く初会の握手。
彼が伸ばして呉れた腕を弱い僕は拒んでしまったけれど、優しい貴方は結局拒絶を許さなかった。
アレ神祭り08'様に捧げます!
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