《伸ばす指先、拒む腕》


僕の甘さとか相手の意地とか単純に互いの性格の不一致だとか、そういう事で神田が怒るのは日常茶飯事だったけれど。
悲しませたのは初めてだった。


任務中に関しては自分の言動が彼を呆れさせた事も何度か有ったし、その度に溜め息吐かれたり睨まれたりするのにも慣れて来たというのに。
あんな表情をさせてしまった原因が僕自身に在る事を意識するともうそれだけで自分の息の根を止めたくなって、不甲斐なさや罪悪で悶々と悩まざるを得ない状況に身を任せた侭に動けなくなる。
後悔という二文字が鎖のように連なって四肢の自由を奪っているような気さえするのだ。


と、不意に顔を覗き込まれて不覚にも悲鳴を挙げそうになる。
何とか耐え抜いてそっと胸を撫で下ろした。

「どしたん?」
「…え、何がです?」
「さっきから全然進んでねぇからさ。」

そう言ってラビが指差すのは机を占領せんばかりの食器とそこに乗せられた料理。それらを視界に入れてやっと此所が広間で自分が食事中だったという事実を思い出す。
あ、ちょっと…なんて曖昧な表現と微笑みで軽くかわしながら、いつの間にか止まっていた右手を再び動かし始めた。


「ユウと喧嘩でもしたん?」

天気の話でもするような軽い口調が上手い。相談するも適当に流すもどちらも僕の自由だと言うように、選択の余地を与えてくれている。何処か肯定的な質問の仕方も彼自身が称するおにーさんたる所以かも知れない。
此れも甘えの一種だろうかと思いつつ気付いた時には勝手に口が動いていた。

「喧嘩って訳でも無いんです、ただ僕が……、」
「…アレン?」


続けるべき言葉は、脳裏に蘇った記憶と感覚に遮られる。
あんな表情させたくなかった。
まして其れが自分の所為だなんて!

「…昨日、神田と任務が一緒だったんです。結局ハズレだったんですけど…」

今更悔やんでも如何にも成らないと自分に言い聞かせて、胸中に溜まったモノを吐き出すように、当時の状況を話し始めた。
AKUMA破壊におけるヘマはしなかったと思う。正直に告白すると失敗はした。
任務先から帰る為に駅へと向かっている途中に空を見て、満天の星空が余りに綺麗だったものだから。凄いですね〜なんて言いながら前も見ずに歩いていたら急に足元の地面が消滅したのだ。
道が無かった。
崖だった。


「落下する前に直ぐ神田が手を伸ばしてくれたんですけど。」
「え、ユウが?!」


突然のラビの大声に一瞬で喧騒が静まった。
唖然としている彼は自分の及ぼした影響に気付いていないらしい。

「いやいやいや、確かに神田は冷たいトコありますけど。人が崖から落ちそうに成ったら助け、ますよね?」
「…崖から落ちた事は無ェけど、色々あってユウに引き上げて貰おうと思った時には無言で抜刀した侭の六幻おろして来たさ。」

手では無く刃物を差し出して
此れに捕まれと。
ほら引っ張ってやるから早くこの鋭利な武器を素手でしっかり握り締めろと。
そんな過去を体験してるからこそアレンの話は鵜呑み不可能さ!と力説されたところで事実なのだから仕方ない。それに僕だってラビの話を疑っている訳でも無いし。

問題は神田の優しさ云々じゃない。伸ばされた腕を咄嗟に掴んで地面に連れ戻された直後、既に神田の表情が悲痛に満ちていたから今こんなにも困っているのだ。
馬鹿にされたり呆れられたりするのなら分かる、不本意ながら怒られる覚悟だってしていた。
でも結局どの反応とも違ったそれは一番最悪なパターンだったかも知れない。
そして、理由が分からないのも当面ではかなりの問題だ。

「そんなに嫌なら助けなきゃ良いのに。」
「へ?」
「だってほら、左手のイノセンスでよじ登る事も出来ましたし。」

別に意地を張っているつもりは無かった。イノセンスを発動させれば自力で上がれたと言うのも後日談だからこその判断であるし、あの瞬間の浮遊で感じた不快感や右手同士の繋がった安堵は本物。
でも、だからこそ納得出来ない部分があるのだ。
だって、あんな何かを耐えるような……。


「……あ、ユウの気持ち分かったかも。」
「えっ本当ですか?!」


ポソリと呟かれた衝撃的な一言により僕は反射的に身を乗り出した。積み重ねた食器の塔が大きく揺れる。轟音を奏でながら崩れるのではとラビが慌てるが今の僕には気にする余裕が無い。
如何して仮にも恋人である僕より第三者の方が神田の気持ちを汲み取れるのかと若干悔しさも感じたけれど、それよりも仲直り出来るかも知れないとの期待に胸が高鳴った。

漸く食器の揺れがおさまって
一方僕は落ち着かない侭。
其れを打破したのは他でも無い現況者である神田の、


「…いや、もう良い。元はと言えば俺が悪かった。」


初めて聞く反省の言葉だった。




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