novel

□文句ありますか?
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食堂で、いつものように蕎麦を受け取った神田の姿を遠くから発見したラビは少し離れた場所から声を張り上げた。
おーい、なんて手を振っている友人を見ながら、同時にまた無視されるんだろうなぁと勝手に決め付けしているのは其れが毎度の出来事だからだ。
だったら声を掛けなきゃ良いのにと思ったし実際に突っ込んでも見たけれど、其の時もラビはへらっと笑っただけだった。

声が届いたらしい神田は迷惑そうな表情を携えて振り向く。
其処まではいつも通り。
違ったのは、誘いに乗ってこっちに近付いて来た事。

「…………。」

僕だけじゃない。一緒に談笑していたリナリーも、自ら声を掛けたラビまでもが意外過ぎる結果に驚愕している。
呆然と固まった侭の右手に持っていたフォークから、カルボナーラスパゲッティがするりと落ちた。

「珍しいね?」

一番最初に我を取り戻したリナリーが可愛いらしく微笑んで食器を自分側に寄せる。空けられたスペースへ素直に本日の朝食を置いた神田は、ほんのちょっと困った表情をしながら僕達の輪の中に入って来た。
其の様子を見て、驚き戸惑っているのは本人も同じなのだと何だか嬉しくも成ったんだ。

「…ちょっと話したくなって。」
「神田?」

まるで其れが悪い事だとでも言うような小さい声で、山葵を箸で溶かしながら呟かれた一言に僕はいよいよ心配に成って来た。
失礼な話だろうか、でも仕方ないだろう珍しいにも程がある。
ラビもリナリーも困ってる。
如何して良いか判らないんだ。

もっと素直になるさーそうよ誤解されちゃうわよ、とか何とか。
今までに何度も言った此方側からのアドバイスは悉く流され相手にもされなかったし、言う方だって半ば諦めながらの戯れみたいなものだったから本当に実行されると何をして良いか見当も付かなくなる。


「…多分…俺達は、もっと話さなきゃなんねーんだと思う。」


緑茶をすすりながらの神田の言葉に、僕達は一瞬で引き込まれた。
感動なんて大それたものでも無いし其れは幾ら何でも大袈裟だけど間違い無く、心臓が冷えるような感覚に言葉では表せない強い感覚を味わったんだ。
僕がさっき食べ損ねたカルボナーラを巻いて、ラビがシーザーサラダをかき集めて、リナリーがアッサムティーを味わっている其の瞬間に。
四人の時間が動き始めた。


「……そう、ですね。」
「…アレン君?」

リナリーが不思議そうに僕の名前を呼んで、途端に神田の言いたいのってこういう事なのかなってアイディアが閃いた。
目に見える確証は無いけど、此れで正解だと思う。


「内容は何でも良いんですよ。明日の天気でも見たい映画、食べ物や好きな女性のタイプとか。」
「もしかして最後の俺専用?」
「いーえ?ラビは性別が雌なら何でも良いんでしょう。」
「人聞きの悪い事言わないでくれますアレンさん。」
「俺もそうだと思ってた。」
「ユウまで?!」


話すってこういう感じなんだ。
改めて実感すると清々しさに何だか叫び出したい気さえする。
他人が聞けば漫才みたいなふざけた会話で十分。励ましたり慰めたり、打ち解けあって親睦を深めるようなそんな目的は要らない。
誰かの言葉に誰かが突っ込んで更に誰かが笑って、そんな単純なもので良いんだ。
心に残る言葉なんて必要無い。
強く成りたい僕らには、この単純さが大切だった。

戦争の惨禍に押し潰されない為には、言葉と反応と笑いが最強の武器に成る。


「そういうユウはどうなんさ?」
「俺は別に、」
「あら、神田は女の子興味無いわよ?」

不平を顕にしたラビの問いに神田が応えるよりも先に、リナリーの口から出た爆弾発言により食堂が一挙に凍り付いた。
なぁに皆どうしたの、とでも言いた気な表情をしてセットのケーキを一口サイズに切り分ける仕草は年相応の女の子らしさだけど。
無邪気な微笑み伯爵のそれよりもよっぽどその名称に相応しい。

「何だそりゃ。
「……違うの?」
「えっと…、」

神田が困ってる。
僕らは、此の食堂に居る全員は、次の反応を待ち構えて意識を集中させていた。抜刀したり悪口を吐いたりと言った普段の対応が出来ないのは相手がリナリーだからと言う事だけでは無くて。更に理由を追加するなら如何やって修正するべきか悩んでいるんだろう。



―……ンな訳ねーだろ俺は女の子大好きだ!


とか言える筈が無い。
プライド外聞云々よりも、僕が言わせない。こう見えて結構嫉妬深いんで。


「…あんまり僕の神田苛めないで下さいよ。」
「えっ…嘘!マジ?!」
「馬鹿モヤシ……っ。」



たとえ全体が平和じゃなくても、僕らには確かな幸せの素質がある。世界と一緒に苦しめって?
ははっ、そんなの糞食らえ!




―――――
悔しかったら此所までおいで?

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