novel

□遠慮無しの特権※
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当たって砕けろって言うじゃない
騙されたと思って、とかさ


だからねぇ神田神田神田。


僕で試してみませんか?

きっと、きーっと愉しいですよ。


「偽善者スマイルが私欲で疎か陳腐な言葉も三流程度。背伸びし過ぎだやり直し。」


一息でそう言って、神田はドアを開けた侭左手を軽く降って僕の退出を促した。
これでもう三回目。
監督を満足させるまで此の撮影は終わらない、そして僕らは始まらない。あぁ夜が明けてしまう。
台本無しのアドリブでカメラなんて一台も回ってないけれど。


コンコンとノックして、
テイクふぉー。


「神田。」
「……んだよ。」
「熱い快楽の夜を貴方に、ソフトタッチからハードSMまで機能は万全。今なら後処理も約束して何と破格のこの値段!」
「さぁ今すぐ御電話を……って何だそりゃ。」
「あれ?騙されません?」


結構勢い込んで電卓を見せ付けただけに余計恥ずかしい。
珍しく神田がノってくれたのは楽しかったけど其れを上回って恥ずかしい。何かこういう、いかにもお徳ですよ、みたいな宣伝口調で押されると色々流されるもんじゃないのかな。僕なら騙される。
過去に騙された。
一回だけ騙された。
アポイントメントセールス。

師匠と出会ったばかり、
まだまだ純粋だった頃の。
消し去りたい過去の汚点。

幸せを呼ぶツボなんか要らない。


「じゃぁ俺はお前を売ってそのツボを買う。」
「うっわ最悪!って言うか人の心の中読まないで下さいよ。」
「音読する方に非が在るんじゃねぇのか。こっちだって願い下げだっつの。」

ベッドの上に仰向けで寝転がって、長い脚を見せ付けるように組んじゃって。あー可愛い。
じゃなかったあ、ームカつく。
白いシーツと黒髪のコントラストが綺麗だとか位置的に自然と流し目に成る瞬間が堪らないだとか。
もう僕終わってる。


割れた窓から仄かな光の差し込む薄暗い部屋の端で、人差し指をクイッと動かして先程とは逆に僕を誘った神田の微笑は今まで一番大人びていた。
此の人は15才の多感な少年を掌で操って踊らせているのかも知れない、そう思えば若干悔しくもあったけれど其れで満足して頂けるなら喜んで。
君の音楽に合わせましょう。
さぁ綺麗な声で歌ってよ。

二人分の体重に軋むスプリングの音を何処か遠くで聞きながら、両足で胴を挟むように馬乗りに成って神田を押さえ付けた。上と下とで視線が交差し合う。

「もうやり直せないんだけど。」
「知ってる。」

唇を重ねた瞬間に時宜を得たように鳴り響く鐘は日付の変更を知らせる為のもの。厳かな雰囲気の音を深夜のバチカンに響かせている中で、僕ら二人は教団に飼われながら堂々と禁忌を犯す。
イノセンスからイノセントリィ。
何くわぬ顔で
無邪気を装おって。


幸せのツボをプレゼント。


「ぁ……。」
「ふふっ…」

覆い被さって、絡めた舌が熱く溶けそう。 掻き抱くように背中へと回された腕も体温も愛しくて、角度を変えて何度も口付けた。
好きだ。好きすぎて困る。
薄く開かれた口元から溢れる吐息混じりの音に酔いながら、徐々に舌へと下りて行き陶器を思わせる程に白い喉元にも舌を這わせてみた。途端に跳ねる背中にまたギシリと音が鳴る、何て素敵な効果音だろうか。
綺麗な長い黒髪を、石鹸の香りを堪能しながら指て梳く。

「抱かせて下さい。」
「…ストレートだな。」
「もう余裕無いんです。」


服の裾から侵入させた右手で肌を撫でる。何かに触れた瞬間、こんなにも満たされた事があっただろうか。手触りと温度と反応と、それらて全てが思考を麻痺させる。
焦りは禁物。
油断も禁物。

でも限界。

本当はもっと余裕持って紳士的に。そう決めていた筈なのに。
カッターシャツの鈕を丁寧に外して行ったのは二つ目までで、残りは力任せに引きちぎった。
繊維にそって裂けば容易いもので。飛び散った鈕の一つがベッドの下に転がり込むのを見送ってから再び視線を眼下に戻せば驚愕に見開かれた瞳が其処には有った。
何か言いた気に唇を開閉させて、しかし結局何も言わずに力を抜く。唇と共に瞳をも閉じる其の姿がまるで観念して身を捧げる生け贄のようだと、何だかとてつも無く残酷な事をしている気分に成る。

「…あの、善処するんで…嫌だったら言って下さい、ね。」


衣服破っておいて説得力ないの欠片もけれど。
でも本心から君の嫌がる事はしたくないと思うから。怖がらせたくも無いし不安にもさせたく無い。
これから先、神田の目から見たアレン=ウォーカーの像がどんな風に崩れたとしても、此の感情だけは偽りにされたら困るから。


「別に…別に……っ、」
「……え?」

今にも泣き出しそうな、そんな表情で。必死に言葉を紡ごうとして何度も失敗した神田は、とうとう痺れを切らして回した腕に力を込めて僕を強く引き寄せる。

後はそれでもう十分だった。



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