novel

□終了、汽車の中で
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今回の任務先は汽車で三時間の場所にあった。亜寒帯地方の中央に位置するそこは、土地の豊かさと温和な気候が手伝って平和を絵に描いたような街だという。そういう場所こそアクマが誕生し易いというのは表面上の理解は可能なまでもやはり皮肉を感じざるを得ない。
イノセンスの有無に関しては信憑性は三割程度、一割でも一厘でも怪しい場所には向かわなければいけないのだからそれに関しての文句は何も無かった。ただ無駄足でも構わないから最後まで平和の侭終わって欲しい。


「アレン?」
「あ、はい。何ですか?」
「いやさ、すっげぇ眉間に皴寄せてっから。」
「ちょっと考え事してたんで。」

微笑みを戻しながらアレンがそう返せば、隣から不思議そうに覗き込んでいたラビは安心したように微笑みを返して元の体勢に戻った。こういう瞬間、自分の調子を察してくれる事に三つ分の年齢差を改めて感じる。最初に在った時も本人自らお兄さんだと言って笑っていた。確かにその通りかも知れない。その余裕や経験の違いを戦闘中では無く日常の中で気付くのは少々不思議な気もするが。

神田もラビと同年齢の筈なのにと、精神的余裕の重要性を再認識しながらアレンは背凭れに寄り掛かった。

「何だ。」

向かいの席に座って頬杖をつきながら、窓から視線を外さない侭の台詞には僅かな苛立ちが混ざっていた。自分の視線が鬱陶しかったのだろうかと思いつつ、今考えていた内容を馬鹿正直に話したら間違いなく機嫌を損ねてしまうだろうとアレンは上手く誤魔化す事を決断した。

「いえ別に。貴方に見惚れていました。」
「そうか嬉しいよ有難う。」

初めて聞いた神田の謝辞は顔も合わせず棒読みで。勿論本気で受け取っている訳では無いだろうが、精々が舌打ちか溜め息で返って来るだろうと思っていただけに少々以外だった。

ユウがノったさー、などと言って冗談混じりに驚いているラビの心情が手に取るように伝わって来る。神田の対応の珍しさに対する純粋な驚愕といつも通りの軽い戯れ、そして若干の不満。本人にすれば然程の理由は無いのだがアレンに対しての微妙な接し方にすら焦ってしまうのはラビ自身にも操作出来ないのだろう。

「…うっわぁ。」
「テメェが振ったんだろうが!」

業と軽蔑の視線を送ってやれば文句を言う時にだけ律義に此方へ向き直る、神田らしさが滲み出ていて何と無く可笑しい。
その他に笑いそうに成る理由を挙げるなば、それはアレンにとって
仮にもブックマン次期継承者であるラビが単純で分かりやすいとは思わないけれど、それでも断言してしまえるのはアレンにとっても同じだからこそ。
特別扱いされている訳では無い、態度の違いという程大袈裟な話でも無い。そう頭では理解していてもやはり駄目なのだ。


「…何考えてた。」
「だから貴方に見惚れ、」
「真面目に。」

鋭い口調で遮れて、その濃黒の瞳に吸い込まれそうな感覚を覚えながら漸く尋ねられている内容が精神的余裕云々では無くそれ以前のものに対してなのだと思い当たった。
人への興味関心が極端に少ない神田がそういった話を自ら戻すのは珍しい。だからだろうか、また誤魔化すのは容易だけれど、今度は偽り無く話してみようと思ったのだ。

「大した事じゃないですよ、アクマと戦いたくないってだけで。」
「まぁ…成るべくならイノセンスの発動無しで任務を終えたいさ。」

ラビもアレンに同意して小さく呟いた。他者から聞けば弱音に成るのかも知れないが、だから如何という話では無い。自分の役目は義務として受け止めて最後まで遣り遂げるつもりだ。ただ破壊という経験の積み重ねが成長では無く単なる慣れへと繋がってしまいそうで、それは酷く恐ろしい事。

「単純計算で、アクマの数の二倍は必ず死者がいるだろ。」

暫く沈黙が続くから返した応えに呆れ返ったのかと思っていたけれど。頬杖をついていた姿勢を正して背筋を伸ばし、言葉を選ぶように時折僅かに間を空ける様子だとかが真剣味を帯びていて、神田の雰囲気に連られたアレンとラビも無意識のうちに姿勢を正した。
車輪の回転音が響く。
アクマの破壊を拒絶する、愚痴として取られても文句の言えない発言が此処まで転回するとは思っていなかっただけに、余計神田の次の言葉に意識が集中しているのが自分でも分かった。ラビもきっと同じなのだろう。

「もう一つ単純計算で、アクマの数だけ、つまりその魂の分はって話だが…その製造方法に基づいて考えれば……あー…何だ……」
「…神田?」
「どうしたんさ?」

こうなると珍しさを越えて心配に成って来るのは失礼だろうか。
そう考えながらも違和感を覚えずには居られないアレンやラビの訝しげな表情を視界に入れつつ、神田本人にも認識はあるようで上手く紡げない言葉への苛立ちを滲ませていた。微細の困惑を混ぜながら片手の甲を額に当てて天井を仰ぐ。



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