novel

□a cup of…
1ページ/1ページ


今日は久々に任務が無い。
いつも通り座禅か鍛練にでも励もうかとも考えたが、たまの休日に身体を休息させておくのもエクソシストである己に課せられた義務だろうとも思い、結局何をするでも無く自室で暇を潰していた。
他にやるべき事など探すまでも無く多々転がっている。時間も十分にある。
気分が乗らないだけだ。



「居ますかー?居るんでしょー?扉壊しますよー。」

普段と変わらぬ紳士気取りの丁寧口調ではあるが台詞内容には親切心の欠片も無い。しつこい催促に辟易した俺は傍らの対AKUMA武器を手にベッドから立ち上がった。
カチャリと音を立てて扉を開き、

「六幻抜刀……」


構えた武器を躊躇い無く降り下ろした。


「以下省略!」
「何ですかソレェェ――?!」


間一髪で避けたモヤシの叫びは無視。ラビは槌の柄を伸ばす際に同じ言葉を繰り返すだろ。伸、伸、伸――!ってやつ。
ただ逆に元の大きさに戻す際にだけ何も言わないのは何か勿体無い。もし同じく言葉が必要なのだとすれば形式的に考えて最も相応しいのは縮、だろうか。戦闘中に真面目な顔して縮、縮、縮――!と言っている所を目撃したらどんな苦しい状況をも乗り越えられる……訳ねぇか。

まぁ率直に言えば面倒だっただけなのだが。後は何かの勢いだ。

間違いなく拒絶の意を含んでいるのだと分からせる絶妙なタイミングで攻撃を仕掛けた筈だというのに、ギリギリで姿勢を屈めて蟲の突撃をかわしたモヤシは何事も無かったかのように扉を内側から閉めた。此処まで来ると改めて追い出す気には成れず、呆れ諦め半々の溜め息と共々再びベッドへと腰を下ろした。特に何も言っていないのに勝手に俺の隣に腰掛ける人物に遠慮という言葉を教えてやりたい。
いや、馬鹿に礼儀正しいコイツの事だから俺の前でだけ実行して呉れないだけでその単語自体は知っているのだろう。まったく人としての何かが壊滅的に歪んでいる気がするが、更に輪をかけて問題なのはマイナス方向の特別扱いにすら何処か期待してしまう部分の在る俺自身だろう。
モヤシが俺にだけ見せる対応、仕草、表情。それら総てが誇らしいんだ。本人には一生言うつもりも無いけれど。

「あ、そうだ。紅茶飲みませんか?前の任務先で貰ったんです。」

さも今偶然思い出しましたという風を装ってポン、と手を叩く。イカサマ師としての経験値だろうか演技の力量はなかなか高め。それでも二人分のカップが見えている。注意力散漫。
カップもパックも二人分を用意して此の部屋まで来た癖に、勧誘の言葉が肯定では無く疑問で占められている辺りがコイツらしい。半ば強引な態度で年下の特権を活用しつつ時折思い出したかのように躊躇いがちに成る矛盾さは、本来ならばその中途半端さに煩わしさを感じている所なのだが正直何故か惹かれている自分が居る。
勝手に独断で流れを進めていく気儘さも柔らかい口調で相手を伺いながら選択肢を与える慎ましさも両方、コイツの言動だと思うだけで納得してしまうのだから仕方ない。

「お前が飲むなら。」
「はい!」

何故こんなにも嬉しそうなのかとは思わない。相手の行動や発言の一つ一つに、例えそれが第三者にしてみればくだらない事だとしても一喜一憂する感覚は身に覚えがあるし実際に言葉で説明しようとしても不可能だろうと理解していた。だから理由を尋ねるとすれば何故そんなにも嬉しさを素直に表現出来るのかという点。
同じ空間に居て同じように心地好さを感じていたとしても俺にはコイツほど自然にそれを表に出せない。
その代わりと言ってはなんだが、コイツの喜んでいる姿を見るのが結構好きだったりして。だからだろうか、本人にも無自覚であろう違和感に気付いたのだ。

「モヤシ。」
「アレンです。」

紅茶を注ぎながらの訂正は殆どが条件反射。一ヶ月殉職しなかったから一応覚えてやった名前は気付けばタイミングを逃してしまって実際一度も発音した事が無い。
呼びたくない拘りが在るのでも無いのに、何と無く今更な違和感が付き纏う。

「何かあったのか?」

用意して貰った熱い液体を喉に流し込む。仄かに香る程度の甘さにほっとする。確かに人に勧めても申し分の無い味だと、専門的な違いは分からないが個人的には満足した。紅茶だとか珈琲だとかは同じ茶葉でも煎れ方によって微妙な変化が生じ、口に含む前の香りを楽しむ様な瞬間からも既に印象が変わる。


「何がです?」

誤魔化してはいない本気で思い当たらない気配が漂って来て意味も無く笑いたく成った。味の微妙な変化と同様に自覚の無い時はほんにほど気付かないものなのか。
例えば同じ紅茶でも、ラビの煎れるのは旨い、リナリーのは美味い。コイツは……上手い。
個人的主観でしかも曖昧なイメージだから説明は出来ないが。
分かって貰おうとも思わない。

「いや、何でも無ェ。」

相手の微妙な違いは俺だけ気付けばそれで十分だ。
他の誰も分からなくて良い。



.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ