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□墜ちてしまえば良い
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足下の安定しない場所での戦闘に備えた訓練、を言い訳にして木に登った。
まず太い枝を握って逆上がりの要領で、そこから上へ上へと目指して教団の森のさほど高くも低くもない木を利用しながら神田は視線を空に少しだけ近付ける。
相反して地面は離れた。


腰を落ち着けて地面に着かぬ足を交互に揺らしながら、風に鳴る木の葉の擦れ合う音が運ぶ安らぎを彼の声の声に重ねてみる。
鍛錬の為に森まで来て手元にはきちんと刀が在るのだが、彼を思い出してしまった以上は神田にはそれを振り払う事は出来なかった。

彼は、アレンは多分部屋にいる。
だからこそ自分は逃げるようにこの場まで来たのだと神田は自覚していた。幹に触れた掌に伝わるザラリとした木肌に自然を感じ、それを我が身に浸透させるようにゆっくり目を閉じて瞼の裏に浮かぶ人物の事を考えた。

今、アレンに会いたいと思う気持ちは間違いなく自然のもの。

けれど会おうとは思わなかった。
見付けて欲しいのだ。自分は彼に迎えに来て貰いたいのだと分かっていた。この腕を引っ張って連れ帰ってくれるのを待ちながら胸を焦がす名前を三度唱えて願い事の代わりにする。
地面に引き摺り落とされてみたかった。



「降りれないんでしょ。」



はっとして下を見れば今この瞬間まで求めていた人物が目の前にいる。疑問では無く確信でそう言って来るアレンの白髪が太陽の光を受けて、こういうのを綺麗と言うのだろうかと神田はぼんやり考えた。
自分の運動神経であればここから降りる事くらい容易であるし、下から見上げてくる彼にもそれは分かっているのだろう。それならば何の話かと言えば、降りれないのは木の上から地面へでは無くて自分の場所からアレンの場所へと言うことなのだ。


「ずっとそこにいます?」



自分からアレンに近付く勇気が持てないと気付かされたのは五日前。場を弁えずにスキンシップを計ってくる彼と一方的な喧嘩した次の次の日だった。
謝りに来るかと思っても一向に現れないアレンに苛立っていた筈が徐々に不安が侵食して来て、もう文句でも良いから顔を合わせて言葉を交わしてくれないだろうかと願い初めたのは何時からだったか。
声が聞けないの状態をはっきりと寂しいと思った。
馴れないとか癪だとかではなくて、それは紛れもない寂しさだった。会って触れて話したいという願いだけが頭の中を埋め尽くす感覚は今でも鮮明に思い出せる。



「ア、レン………」
「そんな顔してもダメ。」


鏡を見なくても分かる、縋るような情けない表情に対してアレンの対応は冷たかった。自分と同じく彼もこの状態の意味が分かっているだろうに。
会いにいけないのも今降りれずにいるのも素直になれないからなんて単純な話では無いのだ。自分の気持ちを認めもだめだった。
こんなにも近くにいながら自分から彼のもとへ向かう覚悟が持てなかった。自分が降りれないのを知って尚もアレンはその場から動かない。


「おいで。ずっとそこで暮らす?」
「………やだ。」
「じゃあ、ほら。」


ずるい。
そんな風に微笑まれたら余計にこの距離がもどかしくなってしまうではないか。

少し距離を置こうと怒鳴った神田に対する、少し自信過剰な拗ね方がそこにはあった。
アレンは神田が離れても再び自分のもとに戻りたいと望む事は分かっていたし、それと同時に神田が自ら向かおうと思えぬ事も想定の範疇だった。
自分から近付く、それはアレンを受け入れる事と同じ結果だとして過程がまったく違うのである。



「……あ。」



夏の夕暮れは天気が変わりやすいという。風が強くなってきた。
雨がふるかも知れない。それも雷を伴うような酷い雨が。
薄暗くなった森は不安を煽る。

どうして降りれないのだろう。
ここまで来ると自分で自分が分からなかった。アレンがいなければ簡単に降りれるのだ、それを知りながら敢えて彼は動いてくれないのだけれど。優柔不断な自分に焦れて引き摺り落としてはくれないだろうか。今までどんどん引っ張ってくれるアレンに頼ってばかりいた所為か今更自分から進むなんて出来なかった。
何をするにも今までは彼の身を委ね、流されてさえいれば良かったのに。



「大丈夫だから。」



確証は無い。
それでも信じるしかなかった。
何が大丈夫なのかも分からないのに、アレンの真っ直ぐな視線や言葉を頼って両手で突き放すように木から飛び降りる。


「っ……!」


抱き抱えられるように受け止められて、地面に座り込んでしまった身体に力が入らない。
久しぶりの温度と、そして名前を呼ぶ声に安心したからと。もう一つ、逃れられない自分の運命を知ったからだった。



fin.
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