novel

□上と下の境、踊り場
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二段抜かしで大人への階段を登る事を強制された少年は、ある時不意に階段を踏み外してしまったのかも知れないと思った。


神田からゴーレム越しに告白されたのは一ヶ月前で、何の前置きも無く簡素に好きだと告げられて返事を返す以前に認識する時間も与えられずに通信は切られた。その日から今日まで何となくだらだらとした感じで付き合っている。自分が彼を如何思っているかなんて知らなかったけれど、好きか嫌いかで分けるなら少なくとも嫌いでは無かったし、誰かからの好意を得るのに否定の気持ちなんて無かったから。俺なんかで良いのかと考えながらも互いの淡白さが良い方向に働いて結構上手く行っている。
科学班もエクソシストも忙し過ぎてゆっくりデートなんてしてられない。アイツ自身が其れを望まないかも知れないが、もし仮にほんの一割でも特別な事をしてみたいと言うのなら出来るだけ待遇してやりたいと思うのだ。二人きりの状況を作る事すら難しい教団内で僅かにでも接触のチャンスを作ろうとしてか、神田の研究室立ち入り率が急上昇している。リナリーが着任中に人数分の珈琲を淹れるのは目下彼の役目となっていた。


「リーバー」
「んー?」
「何でもない。」


教団に入ってから身に付けた速記テクをフル活用しつつ、耳朶を打った呟きは聞き逃さなかったけれど真面な回答を得る前に流されてしまった。不確定要素を備えた力学エネルギーの算出なんて面倒なものに意識を奪われていなければ彼の表情が見えただろうし、きちんと向き合っていれば悲しませる事も無かったのだろう。
連続の徹夜で判断力が鈍っていたのは言い訳としては通用しない。
声だけで心情を察するには俺達は二人ともが分かり辛すぎた。


「……班長。」
「……リーバー君。」
「な、なんスか。」


ジョニーと室長が何か言いたそうに俺を呼んで、二人顔を見合わせて同時に溜め息。

なんだ俺が何をした。

神田といいこの二人といい、口に出しかけた事を曖昧に濁すのが流行っているのだろうか。何だか一人だけ空気が読めていないと言われているようで居心地が悪い。
神田と研究室といった妙な組合わせにも慣れ、珈琲サービスどころか雑用にまで文句も舌打ちもなく尽力してくれる彼には、輪をかけて忙しい時期には申し訳ないと思いつつ研究室の皆で色々な用を頼んでしまう。
無理に手伝わなくても良いんだぞと言って、無言で首を左右に振られたのはいつだったか。
何にせよ、女性であるリナリーには少し気後れするような事まで頼めるし、意外にもすんなり承諾してくれる事から今やフロア中から必要とされる存在だった。
珈琲も美味しいし。


「…神田くん追い掛けないの?」
「はい?いやだって普通に出てっただけ…で、」
「鈍感だねぇ。」

積み上げられた書類にダラリと腕を乗っけながら呆れた様に目を細める室長の真意が掴めない。別に喧嘩の果てに相手が飛び出してしまったとかでは無いのだ、追い掛けたところで何をして良いのか分からなかった。突然鈍感だと言われる所以も同様。
訳分かんない事を言ってる暇があるならさっさと判子押して下さいと内心で不平を言いつつ表面上だけは耳を傾けて、俺がアイツに何をしてしまったのか何をするべきなのかと上司からの助言を待った。

「あの神田君が何で書類整備だとか書庫への資料返却だとか、明らかな雑用に協力してると思う?」
「そりゃ、根は言いヤツだからじゃないんスか?」
「そうだね。それも有るかも知れない。でももう一つ。」

右手の人差し指を立てて言葉通り1を表現、それを手首から前に倒して真っ直ぐに俺を指差す。

「君だよ、リーバー班長。」

呆れと優しさが半々に混じり合った妙な視線を正面から受けて思わずたじろいでしまう。言葉は分かるが意味が分からない。
神田が此所を手伝ってくれる理由が俺……何だそれ。

「君がいるから此所に来る、君の為だと思うから嫌な顔一つせずに手作う。……恋のパワーは偉大だねー。」
「な!?何で……」
「神田くんは分かり易かったからね。僕に言わせたらリーバー班長の鈍さは奇跡的だと思うよ。」
「いやだって…そりゃ、」


今度は言い訳じゃない、正当な訴えや理由付けだ。好きだとはっきり告げられた俺が未だ自覚出来ていないのに何で室長が気付くのか。先程の様子から考えるならジョニーも思う所があるらしいのだが、俺達の何処を見れば付き合っている関係だと分かるのかがどうも腑に落ちない。俺だって何の魅力も無い人間と付き合う程酔狂では無いし個人的に暴露すれば普通にもう神田の事が十分に好きなのだが、いつ如何いった状況からバレたのか思い当たる節が無いんだ。


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