小説(本文用)

□黄昏の君は群青の夕闇に溶ける
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「…一体どういうつもりだ、麦わら屋。」
「いや、本当にワザとじゃねえんだって!!」

青い海の真ん中で、誰が見ても目立つ黄色の潜水艦が浮上している。
その潜水艦の主にしてデッキに佇むトラファルガー・ロー。

「当たり前だ。ワザとやっていたら同盟決裂、速攻でお前らを切り刻んでいる。」

今の彼の機嫌は最悪と言ってもいい。
そしてそうさせたのはライオンちゃんがトレードマークの麦わら海賊団が船長、ルフィに他ならない。

「…もう一度聞くぞ。どういうつもりだ。」
「…だから、たまたま…。」
「たまたまでこうも見事に当たるか!? あぁ!?」

寄せられていたローの眉間の皺がますます深くなる。
それも当然。
「今晩の宴のおかずだ!!」とか言ってルフィが猛獣をぶっ飛ばした…まではよかった。
しかし勢いが強すぎて、飛ばされた猛獣は森を超え、海岸まで優(ゆう)に届き、あろうことか停泊していたハートの海賊団の潜水艦を直撃した。
砲弾の如く飛んだそれは幸い潜水艦が沈むほどのダメージではなかったが、それでもすぐに航海を続けられるほど損傷が浅いものでもなく、またハートの海賊団のクルー何名かが重傷を負ってしまったらしい。
これまた幸いに死者は出ていないようだがローたちにしてみれば理不尽極まりない。

「だから謝ってるだろ!? 船ならフランキーに直してもらうからよ!」
「お前らが壊したんだ。お前らが直すのは当然だろう。」
「ケガ人だってチョッパーが手当てするからよ!」
「俺たちは医療に携わっている。お前らの船医の手は必要ねえ。」

船長の責任はクルーの責任。
潜水艦のデッキで仁王立ちのローを前に、フランキーを除く麦わら海賊団全員が正座をして反省の色を示していた。
フランキーは先刻から船の修理に借り出されており、ペンギンやシャチ、ベポも船の修理やケガ人の治療に奮闘している。

「船を壊されただけじゃなくクルーまで負傷してんだ。同盟を結んだ間とは言えタダで済むと思うな。」
「…じゃあどうすればいいんだよ。」

悪いとは思いながらもローの態度が気に入らないのか、反抗的な目で睨みつけるサンジ。
短くなった煙草を噛み千切らんばかりの勢いで吐き捨てる。

「船の修理は当たり前。ケガ人の治療はいらねえという。他にどうしろってんだ。」
「さ、サンジの言う通りだ! 何かしろっつーんなら何したらいいか言えよ!」

サンジに乗っかる形でウソップが噛み付くが、それでも相手が王下七武海のひとりだという気後(きおく)れがありありと見てとれる。
現に隈の濃い男の両眼でギロリと睨まれれば「ヒッ!」という声を上げて竦(すく)み上がっているのだ。

「言葉に気をつけろ。今お前らは俺に意見できる立場じゃねえんだぞ。」
「だったらさっさと言えよ。何が望みだ。」

この状況が気に入らないのか、ゾロもローに食いついた。言葉に気をつけろと言われた矢先の発言だが隻眼の剣士には通じはしない。
戦うのは協定外であるがゆえ、覇気こそ抑えてはいるが一触即発の雰囲気はより一層濃度を増しピリピリと静電気が肌に当たるような錯覚さえ感じてしまう。

「…まずはお前らの船にある有り金全部。それとこの島は一週間後にログが溜まる。この島から出航して、次に会うまでにお前らが得る財宝・お宝全てだ。」
「ちょっと待ちなさいよ!!」

そこで反論したのは当然お金に厳しいナミ。
思わず立ち上がって男に叫ぶ。

「今の所持金はともかく、今後の航海で得るものまでってのは納得できないわ!」
「お前らは意見できる立場にねえと言ったはずだが?」
「船とクルーのことは謝るけど!! それでも認められないわ!! “今”起こったことに対して“これから”の内容が含められるなんて!!」

息を荒げながら腹の底から思いのたけをぶつけるナミ。
気丈な女は今までにも何人も目にしてきた。どんなに口達者なことを言っても最終的に見えるのは『恐怖』のそれ。
ナミも例外になくその感情が瞳の奥に見てとれるが、それすらもかき消されてしまうほど彼女の凛とした態度にローは目を奪われた。
長いオレンジの髪が風に揺れて一層艶(なまめ)かしい。

「…いいだろう。そこまで言うなら金については今ある分だけで手を打ってやる。」
「ホント!? 何だ物わかりいいんじゃないトラ男!!」
「その代わり…。」

冷徹に観察しながら、ややあって男は僅かに口角を上げた。
女の傍まで歩み寄り距離を詰める。そして右手でナミの顎を掬(すく)うように持ち上げブラウンの瞳を舐めるように覗く。
さっきは必死だったが、至近距離で見て改めて気づく男の気迫。
ゴクリとナミの喉が鳴り、それが聞こえたのかローは楽しそうに笑う。

「俺の望む通りにしてもらおうか?」
「…っ!?」

ゆっくりとローの顔がナミに近づく。
しかしその直後、白銀の刃が2人の間に割って入った。

「…そいつに何かさせる気ならまず俺が相手だ。」

野獣の如く気迫で唸るゾロ。その背後ではさらに威嚇の色を濃くしたサンジ。
「へえ…。」とローは吐息と一体化したような声を落とす。

「…お前らにとってこの女は相当大事なもののようだな?」
「当ったりめぇだテメェ!! ナミさんにそれ以上触れてみろ! 三枚おろしじゃ済まさねえぞ!」

ナミの顔に添えた手はそのままに視線だけをゾロに向け、ローはニヤリと笑みを浮かべた。

「…面白れぇ。それなら勝負といこうじゃねえか。」
「…やる気か?」

ゾロが二本目の刀に手をかけ僅かに鞘から抜く。

「そう早まるな。勝負とは言ったが何も戦争するって意味じゃねえ。」
「じゃあ、どうするんだ?」
「“鬼ごっこ”だ。」
「…はあ?」

目を丸くして問うルフィにローが続けた言葉に一同は唖然となった。
何を言っているんだこの男は、という言葉が声として出ていなくてもありありと伝わる雰囲気。
そんな空気を感じられないローではないが、平然と続ける。

「この勝負に勝てば今回の船の件もクルーの件もなかったことにしてやる。もちろん金もいらねえ。」
「本当かトラ男!!? お前ってやっぱりいい奴なんだな!!」
「…その代わり、俺たちが勝てばさっき言った通り、金はもちろん俺の望む通りにしてもらう。」
「…っ!」

再びナミに向き直った男は更に彼女の顎をクイッと持ち上げ、凶悪ながらも妖艶な笑みでその瞳を覗きこんだ。

「…ナミさんを担保にしようってのかテメェ!! 認められるかそんなこと!!」
「お前には聞いてねぇ黒足屋。海賊船同士の“勝負”、最終判断は船長の意思に属する。」

ローはナミから手を離すと今回の当事者であるルフィに向き直った。

「どうする? 麦わら屋。俺は別にどっちでも構わねえ。」

勝負をして勝つか負けるかの競い合いも。
勝負をせずに突き付けた条件の金品をもらうのも。
後者はロー…、ハートの海賊団にとっては確実にメリットのあることだ。

「…分かった。その条件でいい。お前ら、絶対に負けねえぞ。」
「ルフィ! てめぇ!!」
「本気なのか!? 負けたらナミが…。」

苛立たしさを隠さず見せるサンジがルフィの襟元を掴んで食ってかかる。
チョッパーはお金はともかく、ナミが何かされるのではと心配の面持ちだ。

「何言ってんだ大丈夫だろ? 二年間も修業したんだから。」

いつもなら大反対を豪語する麦わらのクルーたちだが、その一言で押し黙った。この二年の時を得て、特に“勝負事”に関する船長の決定には反論することはなくなっていた。
それはルフィに何を言っても無駄、ということもあるが、何よりも絶対的な信頼を置いているからだ。

「決まりだな。」

機嫌良く笑う男に対し、絶対逃げ切るぞと息巻くルフィたちを見ながら、なぜか漠然とした不安をナミは感じていた。
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