小説(本文用)

□黄昏の君は群青の夕闇に溶ける
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『偉大なる航路(グランドライン)』後半にある島で二隻の船が停泊していた。
一方は船首にライオンのようなモチーフがついた、麦わら帽子を被ったドクロマークが目立つ海賊船。もう一方は黄色い異彩色を放つ、船体に太陽がニヤリと笑ったようなマークの潜水艦。これも海賊船、それも『王下七武海』の所有する船だと言われたら、知らない人は瞬く間に距離を取るだろう。

「ゾロー! サンジー!! 冒険に行くぞー!!」
「待てよルフィ。お前が先走ったら道に迷うがオチだろうがよ。」
「…てめぇが言うかマリモ。」
「ああ?」

サウザンド・サニー号の3人が揃って船を下りる。
眼下に広がる広大な森林を前に「冒険の臭いがする!!」と張り切る船長のサポート兼監視役だ。

「本当にアイツらって好きよねー。」
「ふふっ。久しぶりの上陸だもの。無理ないんじゃない?」
「そうは言ってもね、ロビン…。」

船縁から森に向かう3人を見送って、ナミは呆れたように言葉を漏らした。
この島は人の集落のない無人島。冒険心の塊であるルフィには待てと言っても待てない絶好のお膳立て。
くじ引きの時の運とは言え、主戦力全員が当たりを引いて船を離れるとはどういうことだ。

「『新世界』にしては珍しく何事もなさそうな島だし、心配するようなことはないんじゃないかしら?」
「誰もアイツらの心配なんてしてないわよ。こっちの船が襲われたときの心配をしてるのっ。」
「あら、“彼”がいるんだもの。大丈夫よ。」
「…逆に近くにいるから、こっちの男どもがいなくて不安なんだけど。」

ウソップやフランキーが頼りないと言っているわけではない。むしろ自分の戦力から考えればそんなこと考えるわけもない。
ただ、元・懸賞金四億の男を前には、船に残る自分たちは取るに足らない存在であるだけ。

「『王下七武海』が味方だなんて頼もしいじゃない?」
「…ロビン、この状況を楽しんでるでしょ。」
「うふふ。どうかしらね。」
「絶対楽しんでるわ!!」

男がこちらに危害を加えることはないと分かっていても不安はぬぐえない。
ナミは遠目からチラリと視線を横に向けた。
そこには黄色の潜水艦の周りで忙しなく行き来するオレンジのつなぎの人間が見える。
その甲板に立ち、自らの海賊団のクルーたちに指示を出す人物。
トレードマークの帽子を目深に被り、刀を脇に抱えたまま命令を下す男はスーパールーキーのひとり。

「……トラファルガー・ロー、ね…。」

ルフィと同世代の海賊で『王下七武海』の称号を持つ彼はもはや言うに及ばず。
何を考えているかよく分からない、というのが正直なところだが、彼の姿を見るとその都度心臓が締め付けられるような苦しさがナミを襲う。

「気になるの? 彼のこと。」
「…は? 何で?」
「あら? 違ったかしら?」
「だから何のことよロビン。」

問われた内容が理解できずナミは質問を投げ返す。
本当に分かっていないと見るや、ロビンは少し意外そうな顔をした。

「彼に気があるんだと思ったんだけど気のせいだったかしら?」
「…私が? トラ男を?」
「ええ。」
「そんなワケないじゃない! いくらロビンでも聞き捨てならないわっ!」

優しいけれどどこか意地悪を含んだ言葉に、ナミは顔を赤くしたまま思いきり否定した。
博識な考古学者はクスクスと笑う。

「あなたって可愛いわ。」
「もうっ! からかわないで!! だいたい何で私が…意味分かんない!!」

ここに来る前のサニー号で、ナミはロビンと恋愛について話をしたことがあった。
幼い頃は魚人海賊団にいたこともあり恋愛などしたことがなく、それがどんな感情なのかも正直理解できない。

「仮に私が恋することがあったとしても、トラ男だけは100%ないわ。絶対に!」
「そうかしら?」
「そうよ! だいたいそういう対象になる要素が欠片も見当たらないじゃない、あの男。」

睡眠不足で隈は濃いし外道だし世界政府の手先になって何考えてるのか分かんないし…とブツブツと呟くナミの言葉を聞くロビン。
ナミは気づいていないのだ。自分がローを見る視線がどういうものであるか。
そしてローの話をするとムキになって否定したり、フォローしたり。

それが、恋であるということに。

「そんなに言われて、本人が聞いたらどう思うかしら?」
「…ま、本人に聞かれたらタダじゃ済みそうにないわね。」
「あら? じゃあもう遅いんじゃないかしら?」
「え…?」

ロビンの言葉と、指された先に誘導されて振り返る。

「…言ってくれるじゃねえか、ナミ屋。」
「と、トラ男!!」

眉間に皺を寄せて不機嫌そうな表情で男がナミを見下していた。
いつの間にこちらに移動したのか。思わず後ろに飛び跳ねそうになったナミをそれより早く腕を掴んで阻止する。

「は、離しなさいよ!!」
「隈が濃くて外道で世界政府のイヌになった男がどれほどのモンか…試してみるか?」

ぐいっと腕を引かれて顔の距離が近くなる。
ニヤリと笑った顔が目の下の影と相まってより一層極悪に見える。
いつものナミなら『天候棒(クリマタクト)』で一掃するであろうに、そんな考えすらも脳内からかき消されているようだ。
動揺と怯えを色濃く宿したオレンジの猫にローはゆっくりと顔を近づけていった。

「船長さん。」

寸でのところで響く声にピタリと男は動きを止める。

「お楽しみのところ申し訳ないけど、彼女は大事な仲間。麦わら海賊団公認の恋人でもないのに許可なくそれ以上触れることは許さないわ?」

そういうロビンの微笑みにローはフッと口元を歪めてナミを解放した。
無言で去っていく男を唖然として見るナミ。ふと掴まれた腕を見るとじんわりと痺れるような感覚が残るものの、手形の跡などは一切ついていない。

「…助かったわ。ありがとうロビン。」
「いいえ。でもあのまま介入しなかったらどうなっていたか見てみたかったわね。」
「…ロビンッ!!」

ロビンの言葉に赤い顔を一層赤らめる。
クルーに手を出されて止めないわけにはいかないため口出ししたが正直、惜しいなという思いは僅かなながらロビンの心に浮かんでいた。
最もローに実力行使された場合は適わなかっただろう。

「…は、早くあいつら帰ってくればいいのに!!」

3人が消えた森を見て、ナミは動揺を振り払うように言い放った。










「グルルルル…。」

森を探索するルフィたちの前に現れたのは、身の丈三倍はあろうかという獅子。
巨大な体格は一般人なら竦(すく)み上がるどころか、人生が終わったと誰もが察するだろう。
しかし幼いころから過酷な環境で修業し、さらに海賊になってから二年間鍛え抜かれたルフィにはどこ吹く風。
もちろん、ゾロとサンジも何食わぬ顔で獲物と向かい合う。

「今日の夕飯のメインはお前で決まりだな!」
「今のうちから切り刻んでおくか?」
「待てマリモ。調理するには下ごしらえが大事だ。いきなり切り刻んじまったら血抜きがうまくできなくて元も子もねえぞ。」
「グルルルルルッ!!」

ルフィたちの態度に何かを察したのか、猛突進してくる獅子。
砂煙を上げて地響きを立てながらルフィたちに突き進む。

「二人とも手を出すな! 俺が仕留める!!」

ゾロとサンジはルフィの動向を見守っている。
当のルフィはそんな獅子に対して余裕の笑みで迎え撃つ。

「武装色『硬化』! …ゴムゴムのぉ〜…!」
「ガルルルル!!!」

猛獣の牙がルフィに届くか否かの瞬間、ルフィのそれは放たれた!

「象銃(エレファント・ガン)!!!」

巨大な躯体の的は大きく、疾風の如き風が轟音を共にして猛獣は一瞬にして森の奥深くへと飛んで行った。
突進した時とは違う悲鳴が森の奥へと木霊して消えていく。

「食材を飛ばしてどうすんだルフィ。」
「しししっ。少しでも運ぶ手間省けるようにサニー号の方に飛ばしたんだ。さあ! 食材も確保したし船に戻るぞ!!」

意気揚々と3人は、夕飯調理のためにサニー号へと帰還した。
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