小説(本文用)

□ミヤコワスレ
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ミャー。

『偉大なる航路』にある、物資調達のために降り立った島でロビンは歩みを止めた。
本屋に行く途中だった道端で、くすぐったさを感じて足元を見るとふわふわした毛並みの猫がロビンを見上げている。子猫と呼ぶには身体つきが大きい。

「…ご主人はどうしたの? 迷子?」

ロビンはしゃがんで猫と目線を近づける。グレーの長い毛に隠れて見えにくいが首輪をしており、真ん中についた金の鈴がチリンと音を鳴らす。

「…ノラではないみたいね。」

そっと手を差し出すと、まるで返事の代わりとでもいうかのように顔をすり寄せてきた。特に手を動かしているわけではないが、その表情はとても気持ちよさそうだ。

「人懐っこいのね。」

少しだけ首を撫でてみると目を閉じてなおゴロゴロと鳴く。まるで“もっと”と催促しているかのようだ。
ロビンは両手で猫を抱き上げ腕の中に収めた。頭から背中にかけて手を滑らすとやはり大人しいままだったのでそれを何度か繰り返してやる。
しばらくそうしていると、不意に猫が耳をピクリと動かした。
何かに気づいたように顔を上げると、一点をジッと見つめている。

「どうしたの?」

ロビンの問いかけに答えるはずもなく、猫はピョンとロビンの腕から降りた。そして数歩視線の先を歩くとクルリと顔だけ振り返る。
グレーの毛並みから覗く双眼がまるで“ついてこい”と言っているようだ。
誘導されるように足を進めて後を追う。
大通りから逸(そ)れるように建物の間の脇道を抜け、角を曲がり、町を出る。
森と呼ぶには整備された草木を分け入り、やがて開けた場所に出た。
人こそいないが、中央に設置された噴水がキラキラと太陽を反射して宝石のように輝いている。広場と呼ぶには狭く、ベンチも何もない場所だがなぜか心が落ち着いた。

「…こんな場所があったのね。」

ポツリと呟いたロビンを知ってか知らずか、猫は再びチリンと鈴を鳴らして噴水に駆け寄った。

「あ、待って…。」

追いかけようとした彼女の足は僅か二、三歩で止まってしまう。
それ以上動くことができなかったからだ。猫は噴水の裏手にいたが、そこにいたのはもうひとり。

「あらら、久しぶりじゃないの。ニコ・ロビン。」

どうしてこの男が、と一瞬にして思考回路が警告を放つ。
ロビンが最後に会ったのはウォーターセブンでの宴会のときだ。直接顔こそ合わせなかったが、壁越しに感じたあの時と変わらない、冷徹な覇気は触れたもの全てを凍てつかせるかのようだ。
大将・赤犬との戦いの後、その行方を知る者はいなかった。
そんな彼がなぜ。

「…なぜ、ここに!」
「偶然さ、と言っても信じないんだろうな。」

男はしゃがみ込むと猫の首を数回撫でた。
相変わらず高い身長は、かかんでもまだかがみ足りないのではとさえ思う。
もっともそれ以上小さくはなれないのだけれども。

「私を捕らえに来たの? それともルフィたち? …あいにく、私はもう死を望んでいないわ!」

ロビンは珍しく声を荒げた。いつも冷静沈着な彼女にしてはエニエス・ロビー以来の稀に見る態度だ。
男はゆっくりと立ち上がる。
グレーの毛をまとった円(つぶ)らな双眼は名残惜しそうに男を追った。

「知っているさ。」
「では何しに来たの!?」

語気を強め、男を睨むように見つめるロビン。
しかし相手はニヤリと口端をあげるに止めた。

「…青キジ…!!」

ザアッ、と強い風が一瞬だけその場を駆け抜けた。
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