小説(本文用)

□君がそこにいさえすれば
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一方ナミは、仲間がいる場所から少し離れた場所にいた。
元は何かの施設であっただろう、崩れた壁に手をつきながら進んでいるが、その足取りは予想以上に重い。

(…チョッパーは、子供たちの容態を診るので手一杯…。私のことで手を煩わせるワケには…)

顔に赤みがさしているのは灼熱の気候のせいだけではない。
おそらくこの島の異常気象と、戦いによる疲労で体調を崩したのだろう。
自らの体調の異変に気づいたナミは、それこそチョッパーに申し出ようとも思ったのだが、すでに彼は子供たちの診察を始めていた。
ただでさえ忙しい仲間の行動を邪魔するわけにはいかない。何日、何週間も施設に閉じ込められ、得体の知れない連中と過ごし、薬を投与されていた幼い彼らを一刻も早く安心させたかった。
かといって目につく場所にいては確実に異変を察知されると踏んだナミは、何とかそれらしい理由を見つけて仲間から距離を取ることができた。

「…あそこの陰で少し休もうかしら…。」

仲間の目が届かないところまで何とか足を運ぶと、傍にあった壁に背を凭(もた)れてその場に力なくしゃがみ込んだ。
熱のせいで壁が熱いが耐えられないほどではない。

(…しばらく、ここで…休んで…)

夕方くらいに戻れば診察は終わっているだろうか。それまでの辛抱だ。
この後の航海でも並々ならぬ気候が待ち受けているはずだ。
ウェザリアでできる限りの知識は得てきたつもりだが、理解することと実際に経験することはまた別の話。
その破天荒からクルーを守るのは自分しかいないのだ。
そう考える間に視界が歪む。意識が朦朧として膝に頭をついた。

(ダメ…ここで、意識を失っちゃ…)

だが、頭での考えとは裏腹に身体は限界のようでグラリとナミの上体が大きく崩れる。

「…くっ…。」

重力に抗うだけの力はなく、地面に倒れる際の衝撃を覚悟した。
だが、予想とは異なり衝撃は受けたものの固い感触はなく、何かふわふわした毛皮のようなものに身支えられているようだった。

(……なに…?)

ハッキリしない視界の中では黒い色をしたその正体を確かめることができない。

「…だ、れ……?」
「………。」

呼びかけても答えはない。
その人物は自身の腕の中でぐったりとしたナミを仰向けに反転させ、手袋を外して彼女の額に当てる。

「…思ったより熱があるな。こんな状態でどこに行こうってんだ。お前のとこの船医はどうした。」

男の声だ。
聞いたことのある声だとナミ思った。
しかし霞がかかった思考では声とその持ち主を一致させることはできない。

「……チョ、パーは…、子供たちを…。」

そう呟くと目の前の男からチッという舌打ちが聞こえた。
男は自分の目的地へ向かう前、チョッパーと呼ばれたトナカイが子供たちの処置をするというのを知っていた。
この女のことだ。どうせ子供たちを優先して自分は後回しと考えていたのだろうというのは容易に想像がついた。

「…麦わら屋の仲間ってのはどいつもこいつもバカばっかなのか。」

ここは『偉大なる航路』。
熱が出たからと言ってただの風邪とは限らない。未知の領域には未知の病原体がいたって何ら不思議ではないのだ。
男はそれをよく知っているからこそ、そう言い放つ。

「……しつれい…ね…。」

仲間をバカにされたことに怒りが込み上げる。とても黙ってはいられない。
だが熱さと頭痛がそれをさらに上回る。瞼がだんだん重くなり開けているのが困難になってきた。
それでも自分を支える男に対して精一杯の反論をする。

「…仲間を………バカに……しな、…で…。」

かろうじてそこまで言うとナミの意識は途切れた。
男は自らの着ていたコートを脱ぐと彼女を覆うように被せ、抱き上げる。

「てめぇの治療も必要だ。この俺が直々に手を下してやる。」

ありがたく思うんだな、と男――トラファルガー・ローは湾岸に停泊している自らの海賊船へ足を進めた。
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