小説(本文用)
□不器用な愛情表現
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目の前に広がるのは、一言で言えば『豪華絢爛な部屋』。そしてベッドの上でふてくされて座るのは麦わらの一味の航海士。
「…ナミ、まだ怒ってるの?」
「だって! ベビー5…ありえないでしょ!」
ベビー5は、ドフラミンゴの言いつけでナミの世話役兼監視役である。食事を運ぶついでにナミの話し相手になるのが1日の始まりだ。
数週間前、ドフラミンゴが『猫を連れてくる。世話はお前に任せる。逃げ出さないように監視しろ。』と言われてはいたが、連れて来たのが動物ではなく“泥棒猫”とはさすがに驚いたものだ。
「人を無理やり連れてきておいて、部屋に監禁したっきり本人は全然姿を見せないし!」
「若様、ああ見えて忙しいから…。」
一国の王、王下七武海、闇の媒介人、一海賊団の船長ともなれば多忙極まるところ。
欲しいものは言えば何でももらえたが、部屋からは一歩も外に出してもらえなかった。一度『庭に出たい』と頼んでみたもののあえなく却下された。逃亡に繋がる恐れのある行為や武器類の要求は微塵も通らない。
「だいたい何で私を連れて来たのよ…。人質にでもするつもりならとんだ計算違いよ!」
「あはは…。」
ナミに関してはできるだけ不自由させないようにと言われているが、彼女の本当に希望することは何一つ通らない。
ドフラミンゴが自分の要求を呑めばいつでも帰してやると言っているが、初日以来会うことができないので聞けず終いだ。
「じゃあナミ、また何かあったら呼んでね?」
「え、もう行っちゃうの?」
「ゴメンね、もっとゆっくり話せたらいいんだけど。」
「…いいえ。ごめんなさい、気を遣わせて。」
自分の世話だけが仕事ではないのだ。ここに来て間もなくは、それこそクレーマーのように電伝虫を鳴らして誰かしら呼びつけて文句を浴びせまくったけれど、最近では彼らが時間を割いて来てくれていることに申し訳なさを感じ、今ではほとんどナミから呼ぶことはなかった。
ガチャリ、と音がして扉が閉まる。もちろん鍵もかけられているだろうから確かめることもしない。
「はあ…。」
自分以外がいなくなった部屋ではため息しか出てこない。
城の上層階だけあって景色は最高級だけど、それも何日もすれば見飽きるし、窓から逃げることは無謀極まりない。窓そのものも特殊な造りのようで、以前に花瓶や椅子を思い切り投げつけてみたけれど傷ひとつ付かなかった。
「ルフィ…。」
みんなに会いたい。帰りたい。
いつまでこんな生活が続くのだろうか。
幸いにも、監禁と言う点を除けば不自由な暮らしではなく、むしろ貴族のような感覚さえしてしまう。
それでも募る思いはサニー号へと膨らんで、知らずに一筋の涙が零れた。
「…コイツァ参ったな。」
「!?」
突然響いた男の声に振り返れば、扉の前に数日ぶりに見た男の姿があった。
「ドフラミンゴッ…!」
いつの間にそこにいたのか。
目元を隠すサングラスで表情は読み取れないが、口元は相変わらずの笑みに歪んでいる。
「お前を泣かせるつもりで連れて来たワケじゃねェんだが。」
「…っ! よく言うわ!!」
「まあそう睨むな。ようやく仕事が片付いてお前とゆっくりできるんだ。」
「アンタとゆっくりしたいなんて思わない! 今すぐ私を帰してよ!!」
「だから、要求を呑めばすぐにでも帰してやるって言ってんだろ? お前が承諾すりゃァいいだけだ。」
「どんな要求かも言わないクセに! 内容も聞かないでOKなんて言えるわけないじゃない!」
「じゃあ教えてやろう。」
男が一歩、部屋に歩み入るとナミはビクリと身体を跳ねさせた。それを見たドフラミンゴは、笑みを崩さぬままさらに一歩、また一歩と近づいていく。
無意識にベッドの上を後ずさるナミだったが間もなく壁と背中がぶつかる。
「ナミ。」
「やっ…、」
グッと腕を掴まれ、耳元で男の声が響く。吐息さえ感じる距離にナミはギュッと目を閉じた。
「俺の妻になれ。」
「……………は?」
何を言われたのだろうか。
恐る恐る、ナミは目を開けてドフラミンゴを視界に捉えた。
「ドレスローサの王妃、ドンキホーテ・ドフラミンゴの生涯の伴侶。この世の女たちが喉から手が出るほど欲しい称号を、お前が受け取れ。」
それが条件だ。
ポカンと口をあけ、目をパチクリさせているナミを尻目に男は続ける。
「そしてやがては母となって俺のガキを産め。できれば今すぐにでも欲しいところだが、それは百歩譲ってお前の旅が終わってからでも構わねェ。」
「いや、あの、」
「結婚式を挙げるには時間がねェから…それもまた後日だな。」
「ちょ…ちょ、ちょっと待って!!」
話が唐突過ぎて付いていけない。
「どうした?」と聞いてくる目の前の男は照れるでも、悪びれるでもなく、さも当然と言わんばかりの態度だ。
「あ、アンタ…つまり私と、け、結婚…したいって、言ってるの?」
「? それがどうかしたか?」
さっきまでの緊張感が一気に音を立てて崩れるようにナミは脱力した。
いきなり連れ去られて、何日も部屋に監禁されて、いざドフラミンゴが現れたと思ったらまさかのプロポーズ。
これは、悪い夢だろうか。
「それで、返事は?」
「そ、そんなのするわけな…!?」
言いかけて、ナミは気づいた。
この“要求”を呑まなければここから出られない。自力で脱出することもできない。助けもいつ来るか分からない。その間にこの男が何もしないことなどあり得ない。
それならば、まずは承諾したフリをして後々反故にしてしまうのが得策だろうか。
さっきの話では重要そうなことは全部旅が終わってからと言っていたし、その間に忘れたとか、覚えてないとか、もしかしたらドフラミンゴの悪事が暴かれて海軍に捕まるということもあり得る。
「…わ、かったわ…。」
「!!」
小さく囁くと、途端に強く両肩を掴まれた。
「本当か、ナミ!?」
「…ほ、ほんとう、よ。」
「…!! 夢じゃないな!? 俺の妻になってくれるんだな!?」
信じられねェ、夢みたいだ、と喜ぶ男は噂に聞く凶悪な笑みではなく、欲しいものを手に入れた純粋な子供のようだった。
その様子にナミの心臓がドキッと鳴る。
「正直、ダメだと思ってた。いきなり連れてきて何日も放っておいたから嫌われていると。だからお前が嫌だと言ったら、一週間くらい説得を続けて、それでもダメなら帰すつもりだった。」
「…え、ええっ!!?」
「そうなったら麦わらたちを倒して、お前を奪うしか手はねェと思っていたが…お前が承諾してくれて本当によかった!!」
「あ、あの、ちょっと待ってドフラミンゴ…!?」
グイッと顔を近づけられて思わず息を呑む。
「未来の夫だ、俺のことはドフィと呼べ。一応言っておくが裏切りは許さねェ。そのときは今までにお前が関わった奴ら全員皆殺しだ。」
「!!!」
これは、ひょっとして、ひょっとしなくても。
良かれと思った選択肢はまさかの奈落行きへの片道切符だったのだろうか。
「そうと決まれば善は急げだ。明日、お前を仲間の元へ帰してやる。だが今夜は俺とずっと一緒だ…。この意味が分かるな?」
「やっ、ちょ、」
「婚姻の印に…お前の全て、ここでもらうぞ?」
「んっ…!」
かぷりと首筋を噛まれ、そのままキツく吸われる。
甘い悲鳴も、熱を孕んだ鳴き声も全て男に吸い取られながら、ナミは長い長い夜を過ごすことになった。
「ナミが帰ったぞー!!」
変装したドンキホーテ・ファミリーに送迎され、ナミは無事サニー号へと足を着けることができた。
「ナミ! よかった、無事だったか!」
「どこかケガしてないか!? 具合の悪いところは!?」
「大丈夫! この通り元気よ! みんな、心配かけてゴメンね。」
普段通りの出迎えにホッと安堵の息が漏れる。
昨夜、散々ドフラミンゴに翻弄された身体は悲鳴を上げながらも何とか奮い立ってくれた。
「見えるところに痕は付けないで!!!」と悲鳴にも似た叫びに、ドフラミンゴは不満を漏らしながらもその要求を聞き入れてくれたので見た目ではほとんど分からないはずだ。
「ナミ。」
「…なに? ロビン。」
「あとでじっくり聞かせてちょうだい? ここ数日の間で、ドフラミンゴと何があったのか…。」
「ななな、何言って…!」
慌てふためくナミの姿に確信を得たロビンは、優しく微笑みながらチョンチョンと己の首筋を叩いた。その意味に気付いたナミは顔を真っ赤にしながら慌てて“ソレ”を隠す。
一ヶ所だけ、先手を打つ前に刻まれてしまった。うまく髪で隠したつもりでも女同士にはバレてしまうようで。
「大丈夫。ルフィたちは気づいてないわ? …その左手の指輪もね?」
「!!!」
頭脳明晰な考古学者には隠し事はできないようだ。
昨日とは打って変わる今夜は、優しい尋問に耐えられるだろうか…。