小説(本文用)
□夢遊
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「…ハアッ! ハアッ、ハアッ…!」
「…っ、チョッパー…!」
出口も分からぬ迷路のような森の中を駆け抜ける。
背後から来る姿の見えない存在に、今にも殺されそうな錯覚さえ感じながら。
「ナミ、大丈夫か!!?」
「わ、私は平気よ! それよりチョッパーの方が…!」
「オレなら大丈夫だ! 必ずナミを守るんだ!!」
チョッパーはナミを背負い“脚力強化(ウォークポイント)”で地面を蹴り続けた。
その身体のあちこちには敵の攻撃を受けて傷ができ、血が流れている。それでもトナカイとしての脚力は確かなものだ。
だが背後の気配とは一向に距離が離れない。
覇気の使えないナミでもわかる、背後から迫りくる驚異の存在。こちらは必死で逃れようとしているのに、それは戯れのように付かず離れずの距離を保っている。
その気になれば2人を殺すことなど一瞬でできるのに、そうしないのはこの状況を楽しんでいるからだ。
(ふざけてるわ…!)
そう分かっていてもナミたちは逃げるしかできなかった。ルフィや仲間たちには電伝虫で状況を伝えた。きっとすぐ助けに来てくれる。
「ナミ、しっかり掴まってろ!!」
「…!!」
目の前に巨木が倒れてくる。
後ろから迫っている敵がやったのだろう。ナミは振り落とされないよう、必死でチョッパーにしがみ付いた。
ドオォン…!!
空気まで震わせるような大きな地響きがした。
敵と交戦すれば、船長は船長と、幹部はゾロやサンジが引き受けて、ウソップやロビンたちと一緒にその他大勢の敵をやっつけるのが常だったのに、どうして、自分たちが。
『世界三大勢力』と謳われる存在の中でも、最も凶悪で、危険で、狂気そのものと言っても過言ではない。
「ルフィ…! 早く、早く来てよ…!」
どうして、こんなことになったのか。
目いっぱいに涙を浮かべながら、ナミは必死で船長の名を呼んだ。
物資調達のために最寄りの島へ寄港して、そこで食料などを買い揃えたまではよかった。
それぞれが必要な物のために別行動を取っていて、ナミはチョッパーと共に本屋から戻る途中だったのだ。
「麦わらの一味だな?」
「…なんだお前?」
呼び止められた声にチョッパーが怪訝な顔を向ける。
「…何か用かしら、お兄さん?」
「お前らを打ち取れば一気に俺の名が上がる! 悪いがその命…もらうぜ!!」
剣を抜いた男たちにナミは人生何度吐いたか分からない大きなため息をついた。
たまたま他の海賊団と鉢合わせて、麦わらの一味ということで望んでもいない戦闘する羽目になる。
エニエス・ロビー、インペルダウン、頂上決戦と、誰もが知るニュースの渦中にいた船長だ。こうなることは必然だろう。
それに差はあれど、一味全員が賞金首。喧嘩を売られる理由は十分過ぎる。
「悪いけど私たち忙しいの。アンタたち三下に構っているヒマはないのよ。チョッパー、行きましょう。」
「あ、ナミッ。」
スタスタと背を向けて去るナミを慌ててチョッパーは追いかける。
相手は無名の海賊。世の情報を逐一収集しているナミの記憶にさえ出てこない男たち。以前、シャボンディ諸島で背格好をマネされたことがあった。アレの類だろうか。
だが、そんな態度に男が納得するはずもなく。
「ふざけるなこのアマァ!! 死ねェ!!」
いきり立った男が刀を振り上げて襲い掛かる。
周りの町人たちが「危ない!」「逃げろ!!」と悲鳴を上げる。
ナミは振り向きざま、『天候棒(クリマタクト)』で男の剣撃を受け止める。
「…乱暴な男は嫌われるわよ?」
「くっ…! この…!」
「ナミ!」
ナミは相手の剣を弾くと、すぐチョッパーと入れ替わるようにして後方へ飛び退く。
「刻蹄、十字架(クロス)!!」
「ぐはぁ!!」
弾丸のような衝撃が男の身体を突き抜ける。
十字架を刻まれた男は一瞬にして意識を奪われその場に崩れ落ちた。
「このトナカイ!! ナメた真似を!!」
「ナメているのはどちらかしら、お兄さんたち?」
「何だと!? …ん?」
ポコポコと泡立つような音が耳に入る。
しかし気付いた時にはすでに遅し。頭上に立ち込めるのは小規模ながらも十分な雷雲。
「サンダーボルト=テンポ!!」
「カミナ…!? ぎゃああああ!!!」
耳をつんざくような雷鳴と共に男たちはあっという間に黒焦げになった。
もっとマシな男になってから出直して来なさいと、パチパチと名残が残る『天候棒(クリマタクト)』を肩にかけて一呼吸入れるナミ。
「この島も早く出た方がいいわね。」
ポツリと呟いた、その時。
「――やるじゃねェか、お嬢ちゃん。」
「…!?」
大きな拍手と共に不意にかけられた声に、ナミは思わず身構えた。
「…、アンタ…?」
突然、見知らぬ男に声をかけられてナミは警戒心を強める。
「そんな警戒すんな。危害は加えねェよ。――今はな。」
「ナミ、知り合いか?」
「そんなワケないでしょ。」
チョッパーの問いに否定をしながら、自分の身長の倍はあろうかという男にナミは無意識に後ずさる。
ピンクの羽を纏った出で立ちはどこかで見たことある。しかし思い出せない。
こんな特徴のある大男、一度見たら忘れるはずがないのに。
「雷雲を生み出して雷での攻撃…遠距離タイプ、射程は広域。フフッ、なかなか面白い。」
「誰だお前。俺たちに何の用だ。」
「なあ、お前は雲も作れるのか?」
「答えろよ! お前何者だ!?」
「――うるせェな…。」
動物に用はねェんだよ、と男の口が大きく裂けた。
次の瞬間。
「ぐあっ…!?」
「チョッパー!!?」
叫び声と共にチョッパーの身体から無数の切り傷が走る。
思わず駆け寄ろうとしたナミだが、突如身体が縫い止められたかのようにピクリとも動かなくなった。
「オイオイ、話はまだ途中だろ?」
「…能力者…!? あんた、何したのよ!?」
「フッフッフ…! そんな他人行儀な呼び方は止めろよ! 俺にだって、ちゃァんと名前があるんだぜ?」
――ドンキホーテ・ドフラミンゴってな…。
その名を聞いた瞬間、ナミの身体から一気に血の気が引いた。