小説(本文用)

□もし、君がいなくなったら
2ページ/6ページ




まるで太陽のような兄弟だ。
特等席である船首に跨って目をキラキラさせている彼を見るといつでもそう思う。

「ナミー!! 島が見えたぞ! 上陸だ、上陸!!」

天真爛漫なサニー号の船長は今日も胸を高鳴らせて冒険に向かう。待ちきれずにそのまま海に落ちてしまうのではないかという勢いだ。

「そう気を急がせないで。慌てなくても島は逃げていかないわよ。」
「ししし! 分かってるけどよ、身体がウズウズしてたまらねえんだ!!」
「はいはい。気候も安定しているから、たぶんあと30分もあれば船を着けられるわよ。」
「あと30分ー!!」

ルフィの姿を見ていると、まるで彼の恋人は冒険なのではないかと思わずにいられない。そうなら世界中に点在している彼の“冒険(こいびと)”が羨ましい。

「…行く先々で出会えるんだから。」

船長を『海賊王』へ導く担い手のひとりであるナミは呟いた。
ルフィとは違い、自分は広い海のどこかにいる“ただひとり”が恋人だ。一年に一度会えればいい方。海賊なんてやっていると今後の生涯会えるかどうかも怪しい。

「厄介な弟だろう?」

ふわり、とナミの傍に男が降り立つ。音もなく揺らめく炎の如く、静かに。

「いつものことよ、気にしてないわ。」
「そうか? それならいい。」
「アイツが行くと言ったらそこへ導く。それが私の役目だもの。」

ニコリと微笑んだナミに、男も「さんきゅ。」と笑みを返した。
運命とはイタズラ好きなもので、想い人は突然、3日前に目の前に姿を現した。たまたま彼が任務をこなしている島にサニー号が到着し、意気投合となったのだ。
オレンジのテンガロンハットに艶やかな黒髪。上半身裸で一見無防備に見えるその背中には、誰もが知る海賊団のシンボルが描かれている。

「ルフィもいい仲間に出会えて本当によかった。」
「弟思いのお兄さん、ルフィが心配?」
「そうだな。昔っから危なっかしい奴だった。」
「あははっ。そこは今も変わらないワケね。」
「ガキの頃、ワニに飲まれたときはマジで焦ったぜ。一歩間違えてたらあの世行きだったんだからな。」
「…うそ。」
「嘘じゃねえさ。ワニの腹の中から取り出すのも大変だった。」

ニカッと白い歯を見せて男…エースは笑った。
とんでもない話を満面の笑みで語るものだから本当かどうかさえ疑ってしまう。

「この広い海でこうして出会うのも不思議なものね。これも兄弟の力かしら?」
「いやァ、偶然だろうよ。」
「でも、会えて嬉しいでしょう?」
「そりゃあもちろん。でもそれは弟にじゃねェよ。」

常人より温度の高い手がナミの頬をそっと撫で、顔を振り向かせた。

「…俺が一番会いたかったのは、お前だよ。」
「…エース…。」

二年前、麦わらの一味がバラバラになってしまった後、一度エースに会う機会があったがそのときに鬼気迫る勢いで言われたことがある。

――お前が行方不明になって、どれだけ心配したと思ってんだ!!
――頼むから、俺に黙っていなくならないでくれ!
――お前が、好きなんだ…。

彼の能力である炎の如く情熱がナミの心を焼いた。
これがクルーなら「ふざけないで!」とゲンコツのひとつでも喰らわせていただろうし、どこぞの男たちだったなら雷で黒焦げにしていたところだ。

(…嬉しかったな…。)

ずっと想っていた相手だから、まさか告白されるなんて夢にも思っていなかった。
真っ直ぐで、ウソ偽りない言葉。
会う機会こそ少ないけれど、こうして体温を感じられることだけでも幸せだと思う。

「…エース、任務は大丈夫なの?」

白ひげ海賊団の本船から、別行動で二番隊は任務に出ていたようだ。もっとも二番隊だけでなく他の隊もそれぞれの任務をこなしているのだとエースは言った。

「ああ、滞りなく進んでる。マルコたちも順調で一度オヤジのところへ戻ると言っていた。」
「…エースも戻るの?」
「いや、俺はこのまま進める。そっちの方が効率的だからな。」
「そう。」

よかった、もう少し一緒にいられる。
思わずホッと息がこぼれた。そんなナミに、エースは笑ってナミの頭を撫でる。
熱い手。
その能力がゆえ、人よりも体温が高く感じる。
ナミはこの手が好きだった。この暖かさが自分を包み込むようで何より安心できるのだ。

「…気を付けろよ。」
「え?」
「マルコも言っていたが…ここ最近、なんか不穏な動きがあるみたいだ。誰の差し金か知らねえが…。」
「…うん。」

この先の海にもまだまだ強敵はいる。名立たる海賊団の幹部が揃ってそう言うのだから警戒は強めなければならない。
ナミはキュッと唇を噛み締めた。

「だがまあ心配するな。」
「…エース?」
「何があっても、お前は俺が守ってやる。」

ルフィと同じ、太陽のような笑顔にドキリとナミの心臓は高鳴った。

「…ちゃんと約束しなさいよ?」
「もちろんだ。」

ルフィと同じ屈託のない笑顔でエースは答えた。
太陽のようなその笑みに、ナミもまた優しく微笑み返した。










「エースの船が襲撃されている!?」

島に到着してから5日、突如飛び込んできた情報は耳を疑った。
街から食料を調達して戻ってきたサンジがダイニングのドアを蹴るように開けて開口一番にもたらしたのが“エース襲撃”だ。

「誰が!? 何でエースを!?」
「詳しい情報は分からねえが、相当の手練れだって話だ! さすがのルフィの兄貴も手を妬いているらしい。」

一同は騒然となった。
5日前、エースは次の任務のためにルフィたちより一足早く出航していた。どのみちログが指し示す次の島で落ち合えるはずだった。
ルフィたちのログも今日で溜まった。すぐに後を追うつもりだったから、彼らは快くエースの出立を見送ったのだ。

「場所はどこなの?」
「ここからそう遠くねえ。」
「ルフィ!」
「もちろん! エースを助けに行くぞ!!」
「「「おおー!!」」」

あのエースが手を焼くほどの強者。
どんな相手なのだろうか。海賊? 世界政府? それとも他の誰か? 能力者である可能性もある。
色々な思考が頭を駆け巡る中、サニー号は全速力をもってエースのいる海へ向かった。










「ルフィ!! 前方10時の方向に船を発見!」
「エースの船か!?」
「ああ、あのシンボルは間違いねえ!」
「煙が上がってるわね。まさに戦闘中ってところかしら。」
「相手は誰だ!?」
「あのマークは…!!」

エースの船に立ちはだかるようにしているひと回り大きな帆船。
何度も見た。カモメをモチーフに『MARINE』と書かれたロゴ。正義を主張する全ての海賊の敵。

「世界政府か!!」
「結構な人数だな!」
「エースが手こずるってことは中将か大将でも来てるのか!?」
「エース! どこだ、助けに来たぞー!!」

白ひげ海賊団の分隊とはいえ、今回のエースの船はサニー号より遥かに大きい。相手の船に移るだけでも相当な時間を使う。
激しい戦闘の最中、銃撃音、爆撃音、そして刀の鍔迫(つばぜ)り。こちらの声などかき消されているだろう。

「エースを助けに行くぞ!!」
「待ってルフィ!」
「なんだよっ!?」
「ゆっくり上っている時間なんてないでしょう? 『ミルキーボール』で雲を浮かべるからそこを伝って! 私たちもすぐ行くから!」
「分かった!!」

ナミは『天候棒(クリマタクト)』を振りかざし、いくつもの白雲を生み出した。エースの船に向かって程よい距離を保ち、わたあめのような雲がぷかぷかと浮く。

「サンキュ、ナミ! じゃあお前ら! 後から来いよ!!」
「おう!!」

ルフィは雲を足場に軽々とジャンプを繰り返しながらエースの船に向かって行った。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ