小説(本文用)

□The occurrence of midnight.
3ページ/3ページ




「ルフィはいずれ海賊王になる男よ。そんな男を導くのに、そこらにいる航海士と同じレベルでいられるはずがないじゃない。」
「………。」
「あいつを海賊王にするためなら…私はなんだってしてみせるわ。」

ルフィに助けられて、新たに開かれた人生。
世界中の海図を描く。自分の目で見た世界地図を。
そのためなら多少の危険は覚悟の上。
そんなナミの意図を汲み取ったのか、ミホークは僅かに口元を綻ばせた。

「さすが、麦わらの航海士だな。」
「『王下七武海』からお褒めいただくなんて光栄だわ。」

ちょっと皮肉を込めて言葉を返す。
ミホークは気に留めてもいないようだ。

「…主は知らぬだろうが、海賊の間では割と有名だ。天才的な腕を持つ麦わらの航海士…。」
「そうなの…?」
「世界政府はまだ軽視しているようだが、“海賊女帝”は一度会ってみたいと言っていた。“千両道化”は何やら叫んでいたな、今度会ったら倍にして返してもらうとか。俺にはよく分からんことだが。」
「バギーね…。」

昔盗んだ財宝のことだろう。二年以上も前のことをまだ根に持つなんて器の小さい男だ…とナミは呆れた。
そもそもあの男が『王下七武海』になるなんて夢にも思っていなかった。

「それと“天夜叉”。」
「え?」
「奴も主のことを気にかけていた。奴がひとりの女に興味を示すとは珍しいことだ。」

ドレスローザ国王、ドンキホーテ・ドフラミンゴ。
あの男に関してはあまりいい噂は聞かない。

「………。」
「それほどの女ならいつか一目見てみたいと思っていたが…よもやこんなところで会えるとはな。なるほど、主は噂に違わぬ。」
「…それはどうも。」

金色に光る猛禽の目がナミを射る。
褒められているのに身構えてしまう。

「…せいぜい気を付けることだな。奴は欲しいと思ったものはどんな手を使ってでも手に入れるぞ。」

低い声色。
ゾクリとナミの背筋に悪寒が走る。
一瞬忘れがちになっていた。目の前のこの男も海賊なのだ。それも世界政府公認の、かなりの腕前の。

「…そ、そういえばっ。」
「なんだ。」
「ぞ、ゾロのケガの手当てもしてくれたんですってね! それも感謝してるわ、ありがとう。」
「なぜ主が礼を言う。」
「だって、仲間を強くしてもらっただけじゃなく、助けてもくれたわ。お礼を言うのが普通でしょ。」
「正確に言うと助けたのは俺ではない。」
「え?」
「ペローナというゴースト娘だ。その娘もいずこからか飛ばされてきたらしくて居ついている。」
「………初めて聞いたわ。」

サニー号に帰ったら取りあえず一発叩いてやろう、なんて考える。
明らかに不機嫌な表情を見せたナミに、ミホークはフッと笑みを浮かべる。

「ロロノアのことを好いているのか?」
「えっ!? な、なんで…!」
「ゴースト娘のことを知った途端、不機嫌そうに見えたからな。」

そんなに顔に出てたかしら、とナミは少し動揺した。
しかしすぐに落ち着きを取り戻す。深呼吸をして、うるさい心臓を宥(なだ)めた。

「…好きよ。仲間としてね。」
「ほう…。」
「ビックリしたのよ。女には興味無さそうなあいつが女の子と一緒にいたなんて。」
「剣に生きる者はそう思われることが多いな。」
「事実でしょう?」
「まあ…間違ってはいないな。」

七武海を相手にしているとは思えないほど何気ない会話だった。
今みたいに、戦争を行うような状況でなければ“世界三大勢力”もただの人に戻るのかもしれない、とナミは感じていた。





何となく緊張を拭え切れなくても、幾分か柔らかい雰囲気を纏い始めた頃。
ふと目に入った時計の針にナミは我に返った。

「いっけない! もうこんな時間!」
「どうした。」
「早朝までに全員戻る約束なのよ。今からじゃ走って行ってギリギリ間に合うかどうかだわ。」

ロビンを待っていたのに彼女が現れないからすっかり時間を忘れてしまっていた。
そう言えばどうして彼女は来ないのだろうか。まさかさっきの騒ぎに気付いて仲間を呼びに船に戻ったのだろうか。

「ごめんなさい、ミホーク。さすがにもう戻らないとダメだわ。」
「待て。」
「!」

立ち上がるが早いか、ミホークはナミの腕を掴み行く手を阻んだ。

「な、なにっ?」

痛みはないが強い力が彼女をその場に縫い止める。
剣に生きたことを思わせるカサついた手のひらと固さ。思わずナミは委縮してしまう。

「まだ酌をしてもらっていない。」
「…え? いや、お酌はさっきから何回も…。」
「手酌のことではない。」

そう言うとミホークはナミを掴んだのと反対の手でグラスを持った。
そのまま中身を含むと突如ナミを引き寄せる。

「きゃっ!?」

バランスを崩したナミはそのままミホークの方に倒れこんだ。
何をするの!と抗議するために顔を上げた瞬間、それは発せられることなく喉の奥に飲み込まれた。

「……!!」

一瞬、状況が理解できなかった。
声を上げようにも、ナミの口は塞がれていて自由が効かない。カサついた男の唇が啄むように女の小さな唇を味わう。
状況を理解できないナミを他所に、ミホークは舌を滑り込ませた。

「んんっ…!」

ビクリとナミが身体を引こうとするも、後頭部と腰に回された手がそれを許さない。逃げる舌を追いかけて執拗なまでに絡めとる。

「んっ……! ふっ……う…。」

くちゅくちゅと淫らな音がすぐ傍で聞こえる。
息苦しさもあって、ナミはだんだんと思考が霞がかってきた。
逃げていた小さな舌の動きが鈍くなってきたことに気付き、ミホークは好都合とばかりに尚もナミを攻め立てる。

「……く……ふっ……。」

可愛らしい目の前の少女が抵抗しなくなっていくのを、ミホークは目を細めてうっとりとその姿を眺めた。
やがて十分に彼女を堪能すると、ようやくその口を離した。ナミの口端からはどちらのものともつかない雫が厭らしく零れている。

「最高の酒だった。」
「………っ。」

文句のひとつでも言ってやろうかと思ったが、それよりも酸素を欲した身体が言葉を消した。
ミホークはもう一度酒を含むと、今度はナミの傷口に唇を押し当てた。

「いっ…!」

ジワリと痛みが広がる。
ミホークとの遭遇で傷のことなど気にする余裕もなかった。しかし銃弾で撃たれたのだ、相応の痛みが今になって思い出したように広がった。

「…応急処置だ。」
「消毒ってこと?」

ナミの問いには答えず、ミホークは他の部分も同じように口付けた。
酒と共に男の舌が傷口をなぞり、痛みと共にピクリとナミの身体が跳ねる。

「…先ほど言ったことを覚えているか?」
「…?」
「主の首にかかった金に興味はない、と。」
「……ええ。」
「その言葉通りだ。だが、主自身は別だ。」

するりと男の手がナミの頬を包む。
剣に鍛えられた大きな手は優しくも固くナミの肌を撫でた。

「主は、いつか俺のものとしよう。」
「…っ!?」
「“海賊女帝”にも“千両道化”にも、無論“天夜叉”にも渡しはしない。主を奪うのは俺だ。」
「ちょ…。」
「今すぐに連れていくことも可能だが…それはフェアではない。正々堂々、正面からロロノアに勝負を申し込む。」
「……ミホーク…。」
「俺か勝ったら容赦はしない。」

ガタリと席を立ち、ミホークはそのまま店の出口に向かう。直前、ふと立ち止まると視線だけをナミに向けた。

「奴はいずれ海賊王の片腕となる男だろう。それならば俺程度の障害を超えなくて何とする。」
「…ゾロは、あんたなんかに負けないわよ。」
「欲しいものを手に入れるためならば、俺も容赦はしない。」

挑戦とも、余裕とも取れる言葉にナミの身体はピクリとも動かなかった。
そんな彼女を認め、ミホークは静かに店を出た。

「…未来の海賊王の右腕を舐めるんじゃないわよ…。」

男が消えた扉を見つめながら、ナミはポツリと呟いた。
先ほどまで触れていた唇の熱はまだまだ冷えそうにない。



『The occurrence of midnight.』

2人だけが知る、真夜中の出来事。



Fin
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ